第7章:連続量の量子テレポーテーション
7.1 連続量における基本量子ゲートとEPR状態の定義
連続量方式の量子テレポーテーションでは、離散ゲートとは異なる、直交位相空間における以下の4つの基本量子操作(基本量子ゲート)が用いられる。
- 変位ゲート(Displacement gate):位相平面上で状態を平行移動させる。 x 方向に 、p 方向に 加算する。
- 位相回転ゲート(Phase rotation):位相平面上で状態を回転させる。角度を θ としたとき、以下の変換を行う。
- スクイーズド操作(Squeezing operation):不確定性関係(不確定性原理)を保ったまま、一方の直交成分の分散を圧縮(スクイーズ)し、もう一方をアンチスクイーズ(伸長)させる。スクイージングパラメータを r とする。
- ビームスプリッター:2つの入力モード(1と2)を干渉させて、以下のユニタリ結合変換を行う。
連続量における最大もつれ状態は「EPR(Einstein-Podolsky-Rosen)状態」と呼ばれる。個々のモードの位置 x や運動量 p は同時確定不可能であるが、2者間の差()および和()は交換関係が 0 となるため同時に確定させることが可能である。
理想的なEPR状態の波動関数は以下のように位置と運動量の相関として定義される。
7.2 スクイーズド光源およびOPOを用いたEPR状態の物理的生成
EPR状態を物理的に生成するためには、まず単一モードの「スクイーズド光(スクイーズド状態)」を作る必要がある。パラメトリック下方変換や第二高調波などの2次非線形光学効果を有する結晶に対して、閾値(しきい値)より低い十分微弱なパワーでレーザーをポンプ光(ポンプ)として注入することで、真空の揺らぎが圧縮されたスクイーズド光が生成される。効率向上のため、結晶を共振器の中に入れた「光パラメトリック発振器(OPO)」と呼ばれるスクイーズ光源が多く用いられる。
このようにして生成した2つの独立したシングルモード・スクイーズド光(一方は x 方向に圧縮、他方は p 方向に圧縮したスクイーズド光)を、50:50のビームスプリッターで干渉させる。この2つのスクイーズド光の干渉プロセスこそが、連続量のEPR量子もつれ状態を生成するための最も基本的な物理的操作である。


7.3 連続量ベル測定とハイセンベルグ描像によるフィードフォワード回路計算
連続量におけるテレポーテーション回路では、アリスは未知の入力状態(, )と共有EPR光の一方(A)を50:50ビームスプリッターで干渉させた後、2つの出力モードに対してそれぞれ および の「ホモダイン測定(連続量ベル測定)」を実行する。測定によってアリスが得る2つの実数値(測定値)は以下のようになる。
ここで、ボブ側に残されているEPR光のもう一方(B)の状態は、ハイセンベルグ描像での演算子表現を用いると以下のように記述できる。
アリスが2つの古典測定値 , をボブに送信し、ボブはそれに従い、自身の手元(B)に以下のゲインを伴う変位ゲートによるフィードフォワード補正を適用する。
フィードフォワード補正適用後の出力直交位相演算子は以下のようになる。
ここで、理想的なEPR状態(無限スクイージング極限、)においては、相関 、 に収束するため、出力は入力状態と完全に一致する。しかし、現実の物理系におけるスクイージングは常に有限である(有限スクイージング)。2つの真空モード , に対する有限のスクイージングパラメータを r とした現実的な計算を行うと、最終的な出力は以下のようにノイズ項(有限スクイーズによる項)を伴う。
この式から、スクイージングレベル r が大きくなるほど、有限スクイーズによるノイズ項()は 0 に近づき()、入力に限りなくアプローチする(理想的なEPRにアプローチする)ことが数学的・物理的に極めて明瞭に示される。
7.4 決定論的量子テレポーテーション実験の成功
1998年、古澤明先生(アサバナント先生の所属する研究室の教授)らによって、世界で初めて連続量を用いた「決定論的量子テレポーテーション」実験が成功した(Science 282, 706 (1998))。量子ビットにおける測定が本質的に確率論的であったのに対し、連続量ではホモダイン測定を用いることで測定が常に必ず実行され(無条件に作動する)、作動成功率がほぼ100%(決定論的)となる。この圧倒的な動作成功特性こそが、連続量光量子テレポーテーションの最大の強みであり、将来の実用的な量子コンピューティングシステムへの応用に適している決定的な理由である。

