魔光少女 プリズム響

PHASE=026 【最終話】虹は多色[マルチカラー]のきらめき Power of the Light

バリアーを展開した《バイオームジェイド》は、魔光少女たちが放った必殺のレーザーをはじき返してしまった。
いま、《ジェイド》はその巨大な船体を太陽に向け、直進していた。
太陽を丸呑みにして、そのエネルギーを吸収しようというのである。
太陽の消滅は、地球上生きとし生きる者にとっての終演を意味する……。

「ゆう子先輩、わたし、行きます」
静かに口火を切ったのは、響だった。
「え?」
彼女の真意をたしかめるように、ゆう子が響に問い返す。
「わたしが、直接、《ジェイド》を倒してきます。極寒の絶対零度と、無酸素状態の宇宙空間で、《ジェイド》と戦えるのは唯一、わたしだけです……」
光の意志を再構成した響は、いまや光と影が織りなす幻でしかなく――響の言う通り、《ジェイド》に抗う術は、彼女に頼る以外になかった。
「でも、どうやって宇宙に行くっていうんですか……」
黄色い魔光少女のひまわりが、話の成り行きもよくわからないままに問うてくる。
「先輩の、圧縮空気エンジンを使います」
すでに決意を固めているという声音で響は言った。

すでに死を覚悟している――そんな声だった。
一人の少女が発するにはいかにも悲壮で。
一人の少女の決意にしてはあまりに壮大だった。

「そう……」
彼女を止める訳にはいかない。ゆう子は苦い思いを抱きながらも、響に賛同するしかなかった。
「でも、宇宙空間に出て、《ジェイド》に追いついたとして……バリアーはどうするの?」
ゆう子がさらに問いを重ねる。
「突破します」
「……突破? まさか……」
そんなことはとっくに覚悟していると言うように、言いよどむゆう子に響は鷹揚に頷いて見せた。
「どんなに身を焼かれようが、わたしは死にません。だから――バリアーを強行突破し、《ジェイド》に対して0距離からのレーザー攻撃を仕掛けます!」
「バイオーム《ジェイド》は、無数の《ジェイド》集合体よ」
ゆう子が説明する。
「どの《ジェイド》を倒せばいいのかは、まったくわからない。それとも、何千、何万もの《ジェイド》群を、しらみつぶしにレーザー攻撃するとでも?」
「はい」
それで死ねるのなら、むしろ本望だというような響の言だった。
「それに――希望はまだ、ある」
響の言葉に、みんなが注目を集める。
「《ジェイド》の相互接続を復活させることができれば、制御不能[アウト・オブ・コントロール]になった彼らを再び制御できれば、あるいは……」
「響!」
ゆう子がそれ以上の響の言葉を遮って抱き留めた。
「わたしは、視力を失ってしまった。すみれは命を落とした。今度は、あなたまで……どうして、どうしてわたしたちばかりこんな目に遭わなきゃいけないの!?」
大人になってしまったはずの自分から、子供のような弱音が噴出してしまうのを、ゆう子はどうしようもなく叫んでいた。
「いったい、魔光少女ってなんなの!?」
「希望です」
響は言った。
「世界に光を響かせる、希望の光です」
ゆう子は眦をあつくして、瞳からは大粒の涙をこぼした。
「わたしは、そうありたい。だから、もうこんなことは終わらせなきゃいけない。《ジェイド》との戦いは、もう二度と……」
ゆう子はまた強く響を抱き留めた。
「先輩、もう行かないと……」
14年前とかわらぬ姿の少女は、はっきりとそう言った。
たとえ視力が失われていようとも、ゆう子にははっきりと見えていた。
響は大人になっている。
どんなに姿に変化は見られなくっても。
彼女は自分なんかよりずっと大人だった。

「魔光少女、プリズム☆響!」
ゆう子が呼ばわった。
「あなたに、託すわ。全世界の光を!」

それは魔光少女というより、小型戦闘機と呼ぶべき代物だった。
大型圧縮空気[スチームパンク]のジェットブースターを五基も連ねたバックパックを背負った響は、宇宙に向かって飛び立っていった。

戦いを、終わらせる――。
ただただその想いを抱いた響は、これまで関わってきた人々の顔を脳裏によみがえらせていった。
すみれ、《アンコ》、そして……。
大久保大地。
自分の想いも告げられずに、14年間も一緒にいた大切な人。
地球のためとか、宇宙のことを考えるより、あの人を守るためならばと考えると、不思議と胸が温かくなってくる。
そして、すみれや《アンコ》も、自分の側にいてくれることに気づかせてくれる。

(響、がんばって!)

(紅い魔光少女よ! いまこそ想いをなせ!)

成層圏を脱し、いよいよ宇宙空間に突入した響は、ゆう子先輩の大型圧縮空気[スチームパンク]のジェットブースターを切り離し、さらにブーストをかけて、バイオーム《ジェイド》に迫っていった。

どんどん身軽になっていくブースターエンジンに一抹の心細さを感じながら、響は一度だけ、地球を振り返った。

青く光るその惑星には、その日もいつもとかわらぬ朝と。
いつもとかわらぬ夜が訪れていた。

みんなの光を守る――。
世界に光を響かせる――。

ゆう子に宣言したことを内心に繰り返した響は、ラストスパートをかけて、バイオーム《ジェイド》に迫っていった。

「いっけえええええええええええ!」

防眩バイザーの表示に変化が現れ、前方に目標物体――バイオーム《ジェイド》の巨大な船体が近づきつつあることを伝えた。

「決着を……つける!」
決意の表情で、響は最終ブースターを切り離した!
宇宙空間に散っていったブースターの合間から飛び出した紅の魔光少女・響は、まるで大地ごと根こそぎもってきたというような巨大な《ジェイド》に向かって、フォトナイザーの先端を差し向けた。

相手も黙ってはいない。
植物の蔦を、触手のように幾重にも伸ばして、響を捕捉しようとしてくるのだった。
上へ下へ右へ左へと、まるで曲芸のような身のこなしで宇宙空間を自由自在に舞って敵の攻撃を躱しつつ、響は確実に相対距離を狭めていった。

「《ジェイド》! これで、おしまいよ!」
響が長刀のようにフォトナイザーを一閃させ、先端に内蔵[ドープ]された利得媒質[オプト・クリスタル]に思念を送る。
響の想いに応えるように、燃え上がるような真っ赤な光を灯したフォトナイザーが、宇宙空間に瞬き、
「フォトニック・アンプリファ!」
響が叫んで、バイオーム《ジェイド》に迫った。
バヂィィィィィィィィ!
強力なバリアーを展開する《ジェイド》にはじき飛ばされまいと、響はフォトナイザーに渾身の力を込めて、つばぜり合いをはじめた。
響のフォトナイザーから迸る紅い光の奔流が、いつしか《ジェイド》のバリアーと融解をはじめ、《ジェイド》にもしみ出していく。
まるで紙にインクがしみ出していくように。

同時に――。
響も《ジェイド》が放つ、翡翠色のバリアーの光に浸食されつつあった。
フォトナイザーの先端で精一杯の光を放つオプト・クリスタルが赤と翡翠色とでせめぎあい、そして――。
バリン!
宇宙空間に散った。
だが――。
それでも響の紅い光は収束しなかった。
まるで響自身が、魔光を放つオプト・クリスタル、利得媒質になったかのように、漲る紅いエネルギーを、《ジェイド》にぶつけていった。

(《ジェイド》! 応えなさい!)
響が媒質通信(オプト・リンク)で呼びかけた。
(あなたたちはもう、光を吸収する必要なんてないの!)

いくら不死の響とはいえ、高熱のバリアーの狭間で焼かれつづけるのは、生身の地獄だった。
いつ終わるともしれない、無限に引き延ばされたような痛みの地獄に必死に耐えて、響は叫んだ。

(お願い、応えて! あなたたちの創発[エマージェンス]させた意志を、わたしにもみせて!)

途端、響の脳内に、ノイズ混じりのラジオ音声のような声がした。

(ヒ……ビ……キ……)
まるで一語一語を正確に発音しようとしているかのような、《ジェイド》の声だった。
(お……か……え……り……)
その声を知覚した直後、響と《ジェイド》が放つ赤と翡翠色の光のせめぎ合いが頂点に達して、爆発した。
光のスペクトルを放つその爆発は、七色の輝きをはなち、そして、真っ白に収束した。

地球から見ると、まるで星空に大きな花が咲いたかのようだった。
七色の爆発が起こったかと思うと、とつぜん、夜空に翡翠色の鱗粉――光の粒子がちりばめられていった。
「響さんは!」
ひまわりは、必死に夜空に目をこらして叫んだ。
同時に、黄色い魔光少女だったひまわりの変身が解けてしまった。
「えっ!?」
突然のことに驚いていると、フォトナイザーの先端に内蔵[ドープ]されていた黄水晶[シトリン]が割れ、どす黒く変色してしまった。
「先輩!」
ゆう子に助けを求めるように問うと、黒い魔光少女だった彼女もまた、変身を解き、黒水晶[モーリオン]が破壊されてしまった。

「響よ……」
「わたしたちを、魔光少女のくびきから解き放った……」
「つまり……」
「あの子はやったのよ……《ジェイド》の相互接続[コミュニケーション]を復活させて、あの子自身が、魔光になった……」
「じゃあ……」
「彼女はいまも、宇宙のどこかで魔光となって世界を照らしつづけている」
そう言うゆう子は、視力を完全に失った面を夜空に向けていた。
「あっ」
気づいたのはひまわりだった。
「流れ星!」
翡翠色の鱗粉の合間を縫うように、一筋の光が、夜空をかけていった。

世界に光を響かせる――。
それは世界を救った一人の少女が放つ、最高に輝く瞬間だった。

END