魔光少女 プリズム響

PHASE=025 爆縮! ターゲット・チャンバー!!(後編)

アメリカ合衆国・カリフォルニア州ローレンス・リバモア国立研究所。
米政府が約4000億円を投じて建設した国立点火施設(NIF)には、フットボールコート2面分くらいの大きさの巨大なレーザー核融合炉があった。

核融合エネルギーは、将来のクリーンかつ永久的持続可能なエネルギー源として期待されている。太陽をはじめとする恒星のエネルギー源であり、核分裂反応と比べて圧倒的に放射線廃棄物が少ない、環境と調和した夢のエネルギー源である。レーザー核融合炉は、非常に高い出力のレーザー光を用いて核融合を実現させるための施設である。

核融合反応でエネルギーを取り出すためには、燃料プラズマを高温に加熱し、かつ、十分な反応を起こすために密度と時間の積がある一定値以上でなければならない。プラズマがそれ自体の慣性でその場所に留まっている間に核融合反応を起こしてエネルギーを取り出すことを目指すのだ。

施設の要であるターゲットチャンバーは10cm 厚のアルミでできており、その周囲を40 cm 厚のコンクリートで覆われている。レーザー核融合では重水素・三重水素で構成された燃料球に四方八方からレーザー光を照射して、太陽中心部より高密度・高温度の状態を作り出し、核融合点火を引き起こして燃焼に導く。
これにより、最初に与えたレーザー光によるエネルギーよりずっと多くのエネルギーを発生することとなるのだ。

(ドクター・黒森の……!?)
国立研究所の所長が国際電話に応えた。
(ええ! わたしは黒森博士の娘、黒森ゆう子です……じつは、米国全土の消費電力量の1000倍以上に相当する500兆ワット(百万ジュール)の光エネルギーを生みだした、あなたたちの力を貸していただきたいのです)
(力を?)
(いま、世界中の研究所にかけあって、レーザーでえられる、恒星に匹敵する膨大なエネルギーを結集しようとしています……)
(まさか……あの飛行物体となにか関係が?)
大文字山の森と融合を果たしたバイオーム《ジェイド》は、大地ごと宇宙へ飛びたっていった。
その模様はすでに世界中のメディアに報じられ、現在、謎の飛行物体が地球から太陽に向かっていることが知られていた。
(ご明察です)
ゆう子は英語で応えた。
(信じる信じないは、あなたに任せます。ただ、いま、地球の危機が迫っています!)
(地球の……?)
(黒森の娘の言うことです。どうか信じてください。あの飛行物体は、外宇宙から飛来した無人兵器の集合体です。光を動力源にする彼らは、本来、恒星間爆発で得られる光エネルギーを採取するために、広大な宇宙に放たれました。ところが宇宙航海中にプログラムに異変を生じ、制御不能になったのです)
(大統領は……ご存じなのですか?)
所長の突飛な質問に、
(私の圧縮蒸気[スチームパンク]研究に予算が下りているのは、黒森の娘であることが半分、もう半分はこの外宇宙の無人兵器に対しての対抗策を人類が持つためでした)
(では……)
(本来は米政府を通じて正式に協力をお願いしたいところですが……時間がありません。全世界のレーザーエネルギーを、京都大文字山に結集させなければならないのです!)
(集めて……どうすると?)
(全世界から集めたレーザーを合波[カップル]し、目標に放射します!)
(うーむ……)
(どうか、ご協力ください!)

京都・大文字山
いま、夜空の下、三人の魔光少女が集まっていた。
世界中から集まる、人類が手にした最も膨大な光エネルギーを結集するために————。
「アメリカのレーザー核融合炉は15分後に起動し、レーザーを届けてくれることになったわ」
国際電話をしていたゆう子が携帯を耳から離して告げる。
「日本国内でも、大阪大学レーザーエネルギー学研究センター所が協力してくれる。ほかにも1000兆ワットレーザーを建設しているイギリス、ドイツ、フランス、ロシア、韓国も参加することになっているわ」レーザーの研究において、それぞれは協調関係にないと聞くが……」
《アンコ》が懸念を示すと、ゆう子は
「いまはそうも言ってられないでしょう……」
「たしかに、な。だが、人類史上もっとも威力のあるレーザー光線を魔光少女たちの利得媒質[オプト・クリスタル]に集めれば、かならずや《ジェイド》は殲滅できる……!」
「ただし、照射は一度しかできないわ!」
ゆう子が念を押す。
「レーザー媒質の冷却に時間がかかるから、再発射はできないものと考えて」
「一度でやっつけなきゃいけないのね?」
幼いひまわりも、怪我を押して確認してくる。

「時間よ!」
響がフォトナイザーを天に掲げた。
それに倣って、魔光少女たちがフォトナイザーの先端に内蔵されているオプト・クリスタルを重ね合わせる。
「世界中のレーザーエネルギーで、すべてを終わらせるのよ!」
物言わずゆう子、ひまわりも頷いた。

「オプトクリスタル、メンテナンスモード。
フォトナイザー光学的操作盤[レーザーコンソール]展開。
第13層までのレジストリ改変を開始!」

響が唱えると、眼前の防眩バイザーに外宇宙の文字が表示され、響の要求を受け付けたことを伝える。
オプト・クリスタルのシステム環境設定画面のような幾何学模様が踊った。

響やゆう子たちは、宙にうかぶ光学的操作盤[レーザーコンソール]を操りながら、フォトナイザーに指令を与えていった。
「屈折率再設定…マニュアル数値入力モード、1.000283」

〈ä‘à·Ç¢Ç≍Ç∑ÅBÉAÉNÉZÉXÇ≍Ç´Ç‹ÇπÇÒ〉

世界中のレーザー施設から集まる光を正確に宇宙を航行する目標————バイオーム《ジェイド》に発射するため、自動的に地球の自転や誤差修正を加えて角度調整を行っていく。

「レーザー照射まで、あと10秒!」

その刹那、魔光少女たちの防眩バイザーが真っ赤に染め上がっていった。

「なに、なんなの!?」

〈ñ≥óù〉
〈ñ≥óù〉
〈ñ≥óù〉

外宇宙の言葉でかかれていても、それが警告[アラート]画面であることはなんとなく雰囲気で伝わった。

「こんなときに……」

「処理を続行!」
そう言って《アンコ》が魔光少女たちのフォトナイザーを支えた。

「《アンコ》! なにをしているの!?」
「フォトナイザーは、大出力のエネルギー収束の計算でエラーを起こしている! このままでは、世界中から集めたレーザーを正確に宇宙に発射することはできない!」

「そんな……」
ひまわりが眉根を寄せる。

「あと5秒!」

「響、わたしがフォトナイザーを支えている! 世界のレーザーを結集し、君たち魔光少女は目標を撃て!」
「でも、恒星に匹敵するエネルギー量が一点に集中するのよ!? 《アンコ》、あなたの体は……」

《アンコ》は分厚い唇をにやりと歪めて笑顔をつくった。

「響……本当にありがとう」

「合波!」
ゆう子が叫ぶと、四方八方からレーザーが直進し、大文字山の魔光少女たちのもとに集まった。

「ぐわああああああああああああああああああ!」
三人の魔光少女がかざすフォトナイザーの先端に集まるレーザーに焼かれながら《アンコ》は、バイオーム《ジェイド》のいる一点へめがけてオプト・クリスタルを差し向けた。

「この命、くれてやる! 魔光少女よ、地球を……」
言う間もなく、《アンコ》はエネルギー熱に溶かされて消滅した。

「フォトニック・アンプリファ!」
三人の魔光少女が声を合わせて、世界中のレーザーエネルギーを集めた必殺の攻撃を宇宙の《ジェイド》へ放った。
宇宙へと直進していくレーザーを見上げながら、魔光少女たちは祈った。
これで、すべてが終わる……。

だが。
バイオーム《ジェイド》は非常にも、地球から延びてきたレーザーを跳ね返してしまった。

「バリア……か!?」

世界中のレーザー結集に二度目はない————
魔光少女たちを導いてくれる《アンコ》も死んだ。

なかば茫然の思いで、魔光少女たちははじき返されたレーザーを見上げ、その場に立ち尽くした。