魔光少女 プリズム響

PHASE=023 魔の山

1

「オプト・クリスタル・プリズムアップ!」

ひまわりが黄水晶[シトリン]に唱えると、彼女は黄色の光に包まれて、魔光少女に変身した。
ポニーテールの髪留めはクリスタルが輝き、彼女の毛先を七色に染めあげる。
胸元のクリスタルからも矢継ぎ早に黄色のぎらつく光が花咲き、ひらひらのついた戦闘服[バトルドレス]をたなびかせた。

「これって……魔法?」

(ひまわり、時間がない、フォトナイザーを構えるんだ!)

ひまわりの脳内に響く媒質通信[オプト・リンク]に目を醒まされたようにはっとしたひまわりは、振り返って《ジェイド》と対峙した。

《秘密の花園》から自分を追跡する木の枝の束が、まるで巨大な老人の手——節くれだった皮と骨だけの手のようにひまわりに迫っていた。

「どどど……どうしたらいいの!?」

思わずひまわりは目をつぶってしまう。
内股になった足を踏ん張り、そのばに踏みとどまっているので精一杯だった。

(フォトナイザーだ! オプト・クリスタルから攻撃を放て!)

フォトナイザー——自分がいま手にしている鋼鉄のほうきのことかと認識したひまわりは、その先端に内蔵[ドープ]されている黄水晶[シトリン]を、木の枝の手に向けた。

「フォトニック・アンプリファ!」

防眩バイザーに示された記号を読み上げたひまわりのオプト・クリスタルから放たれた黄色のレーザー光線は、木の枝の掌に直撃した。
……が、あまりに弱々しいがために、敵を倒すにはいたらなかった。

(出力が……たりない!?)

踵を返し、逃げようとするひまわりに、フォトナイザーが勝手に動き出して、彼女を空の上と運んでいく。

「きゃあああああ!」

ひまわりはフォトナイザーに跨がりながら、目をぎゅっとつぶってしがみついた。

(やはり……無理か?)

「だって……わたしは小学生だよ~!?」

そのとき、高周波がひまわりの耳に知覚される。

「ん?」

眼前の空から、軍用輸送機とみられる巨大な機影が迫ってきた。

「なに……あれ!?」

(あなたは、下がっていなさい!)
突然、ひまわりの脳内に、大人の女性の声がオプト・リンクを通じて響き渡ったかと思うと、輸送機の後部ハッチが開いて、黒い戦闘服[バトルドレス]の人影が知覚される。

黒い魔光少女——。

(ゆう子か!?)
《アンコ》のリンクの直後、その意味もわからないままひまわりは、フォトナイザーに跨がったままに事の成り行きを見守った。

2

それは魔光少女というより、小型戦闘機と呼ぶべき代物だった。
大型圧縮空気[スチームパンク]のジェットブースターを五基も連ねたバックパックを背負った黒い魔光少女は、くるくると飛翔しながら、燃焼終了したブースターを切り離していき、黒い外套をマントのように広げた。

「ソリッド・マキシマム!」

大文字山から無数に延びる木の枝を、フォトナイザーの黒水晶[モーリオン]から放ったブラックレーザーで一撃の下に切り裂いたゆう子は、フォトナイザーで急転直下、本体である《秘密の花園》へ迫った。

《秘密の花園》も黙っていなかった。
攻撃を仕掛けてくる黒い魔光少女を仕留めようと、倍加する数の木の枝を伸ばし、そこからレーザー光線を放つ。
ライブ会場で踊るレーザー光線のように行き交う光軸の合間を縫って、飛翔をつづけるゆう子は、遠回りにではあるが着実に、《秘密の花園》の本体である《ジェイド》の集合体——大樹の幹へと迫っていった。

「大人しくしてればいいものおおおおおおおお!」

最後のブースターを噴かし、加速をかけたゆう子は、まるでらせんを描いてくるくると回って《ジェイド》の攻撃を躱して、幹に張りつく《ジェイド》にフォトナイザーの先端、黒水晶[モーリオン]を接触させた。

「これで、終わりだ!」

ブースターが燃焼を終了し、切り離されるのと同時に、翡翠色の水晶体である《ジェイド》にひびが入って、光が失われる。

途端、それまでうねるように空へと枝を伸ばしていた大樹は沈黙した。

「ひさしぶりだな、ゆう子……」

ゆう子と呼ばれた長身の女性は、防眩バイザーを押し上げると、焦点の定まらない瞳で夜空を見上げていた。
フォトナイザーを白杖のようについて足下を確認する姿を見て、ひまわりは思った。

この人は、失明している——。
でも、さっき自分を救ってくれた時には、とても目が見えないようにはみえなかった……。

(魔光少女でいる間は、目が見えるのよ)
目の不自由な女性が、ひまわりの戸惑いを見透かしたようにリンクしてくる。
(もう、少女でもないけれどね……)

目の前にいる長身の女性は20代後半の大人の女性だった。
どうやら《アンコ》と知り合いらしい。

「どうして君が……」
《アンコ》がゆう子に話しかける。

「アメリカ軍は、いま、地球上の異変を調査しているわ……」
ゆう子は自分を降ろして去っていく輸送機の轟音の方角に顔を向けていう。
「すでに状況は、京都だけの問題ではなくなってきている」

「というと……?」

「わたしはいま、軍で次世代のエネルギーとして、圧縮空気[スチームパンク]を研究しているの。魔光を利用できるようにするためにね」

「魔光を……軍に渡したのか!?」
「でなきゃ、いま世界中で起きている事件に対処できないわ……!」

「世界中で起きていること?」
ひまわりが会話に割ってはいる。

「赤道直下の森林で、いま原因不明の火災が起きているの。現場はいずれも高濃度の酸素濃度を確認している」
「植物が……酸素を?」
「《アンコ》、教えなさい。《ジェイド》は、なにをしているの!?」

「この惑星に辿り着いて14年。《ジェイド》は独自の進化を遂げたのだ」
「つまり!?」
「光を吸収する生物——植物と融合した《ジェイド》は、いわば地球上の自然と結合したのだ」

「いま、《ジェイド》の本体は地球そのものといっても過言ではない……」

地響きが会話を切り裂いた。

「いったい……」