魔光少女 プリズム響

PHASE=019 父の祈りを White Out

「ジェイドはどこ………………どこにいるの?」

顔を上げた響の瞳孔は、完全に開いていた。
今しがたすみれを失ったばかりのショック冷めやらぬゆう子は、どうしても腰に力が入らない。ゆらりと立ち上がる響を見て、あの細い脚のどこにそんな力が残っていたのか不思議だった。

「嵐山上空だ――急速にこちらに接近している。」
《アンコ》の返答を聞くやいなや、響は無言でフォトナイザーに跨ると、乱暴にエンジンを始動させた。外装が壊れてボロボロになったフォトナイザーが、あぶなっかしい作動音を出す。

「ひ、響、ちょっと待って、落ち着いて…!」

取りすがるゆう子をはねのけて、響は急発進して西へ飛び出した。

京都市内を南北に流れる鴨川のデルタ地帯で、響は巨大《ジェイド》に遭遇した。
翡翠色に発光する透明な六角柱状の幾何学形状は、明らかにこれまでの《ジェイド》とは異なるオーラを放っていた。

だが響は目標を認識するなり、躊躇なくアウトレンジから攻撃を放つ。

「フォトニック・アンプリファ!」

光線が《ジェイド》の巨体に直撃したと思われたそのとき、響の攻撃が《ジェイド》の体内で6本に分裂し、あろうことか響に向ってはね返ってきた。
すんでのところで全ての攻撃をかわす響。

「響、大丈夫!?――今のは!?」
追いついたゆう子が、アンコに尋ねる。
「攻撃を分裂・複製している………………!あの《ジェイド》、寄生しているのは――石英の結晶か!!」
「そんなこと可能なの!?」
「いや通常ありえない…、やつはおそらく変異種だ」

ゆう子と《アンコ》のやり取りが終わるのを待たず、響が再びレーザーを放つ。
ジェイドに命中したレーザーは複製されはね返り、響自身の戦闘服[バトルドレス]を貫く。

響はジェイドを睨みつけると、血も出んばかりに握りしめたフォトナイザーに再び跨る。

「うわああああああ!」

響は叫びながら、複製[コピー]光線の嵐の中を被弾しながら突進する。
響がレーザーを撃つほどに、ジェイドはその攻撃を増幅・反射して周囲にはじき飛ばす。
反射した複製[コピー]光線は直下の寺の屋根を焼き、オフィスビルの外壁を貫通させた。

「落ち着け響、街に被害が出ている!」
「ジェイドなんて、ジェイドなんているからあああああああ!!!!!」

なおも突進する響の跨るフォトナイザーに、ついにコピー光線が直撃し、エンジンカバーが吹き飛んで黒煙を噴き出す。推進力を失い、なすすべなく墜落していく響。

「響ぃー!!」
地面すれすれで響をキャッチしたゆう子が、響を抱きかかえながら声を絞り出す。
「響………………もうやめて!いくら死なない身体でも、痛みが限界のはずだよ…!」

目を伏せていた響が、ゆっくりと顔を上げる。
ゆう子の目を見た響の顔は、みるみる涙に歪んでいった。

「先輩、私、私、…もうどうしたら…」

ゆう子は、ボロボロになった後輩の身体をただ抱きしめた。

「ゆう子、いったん《ダイソン》に戻って体勢を立て直す」
「わかった」

「安心して――あとはゆう子先輩に、任せなさい」
ゆう子は気を失った響に話しかけると、フォトナイザーに跨ってその場を離脱した。

大文字山に戻ったゆう子と《アンコ》は、恒星間宇宙船《ダイソン》の亡骸をくり抜いてつくられた秘密基地——光学的遮蔽[コンシールメント]工作によって透明になって普段は見えない——の簡易ベッドに響を横たえた。
響のバトルドレスはほぼ原形を留めておらず、傷だらけの響の身体が露わになっているのが痛々しい。

響の手を両手で握り締めながら、ゆう子が《アンコ》に独り言のように尋ねる。
「響の傷は………………治るの?」
「彼女の身体は今光と影から出来た幻だ。我々の認識を通して“そう見えているだけ”だ。じきに目を覚ますだろう。」
「そう………………」
すみれが死に、響の今後も定かでない。責任感の人一倍強いゆう子にとって、立て続けに二人の後輩がひどい目にあったことは、自分の身を切られる以上の痛みであった。

「ケイ素結晶体の再生って、終わってる――?」
ゆう子が響の顔を見つめたまま問いかける。
《アンコ》は一瞬驚いたが、すぐ冷静に続ける。
「まだ未完成だ――だが使えないことはない」

ゆう子の父であった黒森博士が、《ジェイド》にその身を捧げてまで完遂しようとした研究素材――超純度高密度吸収性ケイ素結晶体。
強力なレーザーを創出・管制するレンズの役割を果たすそれは、暴走した《ダイソン》との戦闘の中で、黒森博士自身とともに失われていた。
父の遺志を継ぎたいゆう子はアンコと協力し、オプト・クリスタルの技術を使って、遺された研究データをもとに超純度高密度吸収性ケイ素結晶体の再生実験を行っていたのだ。

「レーザー攻撃をはね返すあの《ジェイド》を倒すには、あれを使うしか―――!?」

ドドンッ

急に爆音が響き、振動とともに基地内の照明が赤い非常電源灯に切り替わる。
「見つかったか!」
《アンコ》がメインモニターを見ながら言う。
「アンコ、結晶体は?」
《アンコ》は振り返り、ゆう子の目を見る。
「第3格納庫だ―――!」
「ありがとう」
ゆう子は横たわる響を一瞥すると、けたたましい警報音の中、ロックを開けて廊下に飛び出した。

「A、D区画は《ジェイド》に侵食されている!第3格納庫まではいったん第2フロアへ出てまわりこむんだ!」
《アンコ》の媒質通信[オプト・リンク]によるナビゲーションを頼りに、ゆう子は狭い基地内を走った。

「よし、第2フロア!」
梯子を登り切ったゆう子は、下層へのルートを探す。
元は宇宙船《ダイソン》の艦内であった基地内は薄暗く、赤い警告ランプの明滅の中では、バイザーに表示される情報と《アンコ》によるナビゲーションが頼りだった。
「ゆう子、後ろだ!!」
バイザーに警告画面が表示されるのと同時に、ゆう子は後ろに跳び退く。
青緑に光る《ジェイド》の一部と思しき、水晶体型の塊が迫ってくる。
「やれやれ、もう来ちゃったか!」
レーザーを反射するのを思い出し、ゆう子は握りしめたフォトナイザーを振りかぶって直接打撃を与える。

ガシャンッ

一瞬《ジェイド》の動きは止まるも、案の定、ほとんどダメージはない。
「さて、いまのうち!」
ゆう子は素早く《ジェイド》の足下をスライディングですり抜けると、下層へ続くエアダクトへ飛び込んだ。

通気口の蓋を蹴破って廊下に出たゆう子は、第3格納庫にたどり着いた。
外部の塵を持ち込まないよう設置されたクリーンルームのドアを押しあけ、黒い金属製のケースに入った超純度高密度吸収性ケイ素結晶体12個を取り出した。
以前と同じようにそれぞれのケイ素結晶体には黒い飛行ユニットが付いており、自律制御が可能となっている。
「お父様………………」
自らの父を破滅させ、死に追いやった研究材料であったが、今はこれに頼るしかない。

その刹那、《アンコ》から緊急連絡が入る。
「ゆう子、来てくれ!指令室に侵入された!」

ゆう子は踵を返すと廊下に躍り出た。
ドアの外で待ち構えていた《ジェイド》末端部分と思われる水晶体を、フォトナイザーを振りまわしてなぎ払う。

「響!!」
指令室に飛び込んだゆう子は、メインモニターを割って響のベッドに襲いかかろうとしている水晶体の前に割り込んだ。
大型の水晶体は、ゆう子の腕力だけでははじき返せそうにない。
「アンコ………………配置演算をお願い!」
ゆう子は腰のホルダーからケイ素結晶体ユニットを一つ取り出すと、フォトナイザーの銃口を《ジェイド》に向けた。
「よし、計算完了、データをケイ素結晶体ユニットに転送したぞ!」
ケイ素結晶体は自律飛行で、《アンコ》の指定した場所へ飛んでいく。

「いっけえ、ソリッド・マキシマム!」

ゆう子の攻撃に《ジェイド》はのけぞるが、同時に光線は分離されて反射され、ゆう子達の方に迫る。
が、ケイ素結晶体に命中すると、軌道を変え、指令室の操作盤を吹き飛ばした。

「よし、大成功!」
「すぐ脱出するんだ!」
ゆう子は響を抱えると、誘爆して崩壊を始めた《ダイソン》から脱出した。

《ダイソン》は既に大部分を《ジェイド》の水晶体に侵食されていた。
光学的遮蔽装置は破壊され、見るも無残な鉄塊を山肌に晒していた。
ゆう子は響を安全な岩陰に隠すと、アンコと共に上空から《ジェイド》本体を観察した。
巨大な水晶体《ジェイド》は、暴れ狂う猛獣のように、《ダイソン》の亡骸を貪りつくしていく。

「次は街を襲うつもりね」
「ゆう子、時間がない!」
「わかってるわ。私が街を守らなきゃ………………お父様、どうか力を貸して!」
ゆう子は腰のホルダーから、複数のケイ素結晶体ユニットを取り出した。「お父様のユニットより性能は劣るけど………………レーザーを屈折させることならできる!」
飛行型結晶体は、それぞれ意志をもったようにジェイドの周囲に展開する。

「さあいくよ!」
ゆう子は唇をひと舐めすると、フォトナイザーを構えた。
「ソリッド・マキシマム!」
鋭い光線が放たれ、ジェイドを直撃する。
暴走しながらもジェイドは、ゆう子の攻撃を増幅・乱反射させる。
激しいコピー光線の雨の中、ゆう子はホバリングして定位置を動かない。

「反射光測定、結晶体配列位置、演算開始!」
光線がゆう子の黒いバトルドレスを引き裂き、血が噴き出す。
「うっ………………あと少し………………!」
「ゆう子、演算完了、データを転送する!」

光線が側頭部をかすめ、防眩バイザーが粉々に砕かれるが、ゆう子は処理を続行する。

「結晶体配列………………完了!」

12基のケイ素結晶体ユニットの配置が意志持つ虫眼鏡のように宙空に浮かび、衛星のようにゆう子の周囲を巡って自律調整される。
《ジェイド》から縦横無尽に射出される光の驟雨[しゅうう]を、演算結果が導き出した軌道によって各地点に飛んだケイ素結晶体が受け止めて、ゆう子へと収束されていく。
まるで枝葉が幹へと収斂[しゅうれん]されていくように、《ジェイド》のレーザーを、ケイ素結晶体を介し、ついに太い束となった光軸を、ゆう子がバッターよろしくフォトナイザーを振って反射させる。

「くらええええええええええええ!」

ゆう子が、敵の攻撃を増幅して《ジェイド》本体に直撃させる。
「アンコ、うまくいった!」
ゆう子が嬉しそうに叫ぶ。
「あんたはもう逃げられない!自分が反射したレーザーで焼かれ続けなさい!」

グオオオオオオオオオ

ジェイドの悲鳴が聞こえたそのとき、ケイ素結晶体ユニットの一つに溢れ出た光線が直撃した。

「いけない!これじゃルートが狂う!」

光線は収束を失い、再び周囲に拡散し始めた。
「アンコ、再計算を!」
「ゆう子、諦めろ!撤退しろ!」

アンコからのリンクがひっきりなしに入るが、ゆう子の目に入ったのは、大文字山の麓に広がる京都の街と、光線の嵐の中力なく横たわる響の姿だった。
再計算する時間も、予備の結晶体ももうない。

「いや………………もうひとつあったか。」

ゆう子は自分のオプト・クリスタルを手にする。
振り返って響の寝顔を見て、つぶやく。

「響――あなたが光をくれたんだよ。………………今度はゆう子先輩にぃ、任っせなさい!!!」

ゆう子はフォトナイザーに跨ると、光の渦の中へ突入した。

「ゆう子――!!」
ゆう子の黒水晶《モーリオン》によって軌道を変えられた光線は再び収束し、ジェイドに向かって直撃を始めた。反射するごとに光線は増幅され、ついにはジェイド本体を飲み込んだ。

あたり一面が、真っ白にホワイトアウトした――。

響が目を開けると、既に空は茜色に染まり始めていた。
ところどころ黒煙がくすぶっているものの、大文字山の周辺には静寂が戻っていた。

状況を把握できない響だったが、すぐそばに気絶していた《アンコ》を見つけ、ゆすり起こす。
「ねぇアンコ、アンコってば!」
「………………む、響、無事だったか」

《ダイソン》の残骸を見て、響がはっとしてゆう子を探す。
ゆう子は山の斜面に、尻もちをついたようにしゃがみこんでいた。

「先輩!よかった…!」
ゆう子に駆け寄り、抱きつく響。

「………………あ――響――?」
「………………先輩?」

どういうわけかゆう子の目は虚ろで、目の前にいる響を見ていない。
響をひっぱたいたときに見せた、あの情熱的な輝きが見られない。

ゆう子の防眩バイザーが失われていることに気付いた響は、はっとしておそるおそるゆう子の顔の前で手を左右に振ってみるが、反応はない。
響が逡巡する間に、アンコが口に出した。

「ゆう子、目が………………見えないのか?」