PHASE=016 水面の光 above the sea

「響―!すみれー!泳ぎにいかないかー!!!」

ホームルームが終わり、連れだって玄関に向かっていた二人に、ゆう子が背後から飛びついた。
「!…せ、先輩…!?もー!」

響が、才色兼備で3年生はおろか学校中の人気者のハイテンションアプローチをやんわりたしなめる。こういうことに未だ慣れないすみれはというと、対人関係で物怖じしない響に任せるしかない。

「泳ぐって、プールですか?」

「ちっちっち。あまいね、響くん。泳ぐと言えば海でなければならないよ!」

「海って、もう9月ですよ?」

「いや~、鋭いご指摘だね。だが不可能ではないさ。何より我が映画研究会は、この夏もっとキャッキャウフフと親睦を深めねばならんのだよ!」

真面目なのか不真面目なのかわからないゆう子の発言に当惑しつつも、二人は自分たちの属するサークルが特に活動らしい活動をできていない現状に気がかりを感じているのも事実である。

何より二人は、このお誘いがゆう子の気遣いであるということを薄々感じていた。

二人はゆう子と親しく付き合うようになってまだ日は浅いが、彼女が自分を慕う周囲の人間達を常に気にかける様を幾度となく見てきた。

桂イノベーションパーク黒森研に関する一連の事件について知らない者からすれば、その底抜けに明るい態度から、彼女が父の死という大きな悲しみに晒された若干15歳の少女であるという事実を読み取ることは難しい。

ゆう子自身も、事情を知る響とすみれから自らが「本当は悲嘆にくれているのに、心配させないように気丈に振る舞っている」と悟られていることは充分にわかっている。

それでも生来の「アネゴ肌」であるゆう子のプライドは、自分がそうした対象として認識されることをよしとはしなかった。といってもそれは意地や見得ではなく、純粋に黒森ゆう子という少女の優しさからくるものであった。

「よーし、行きましょう先輩!」

「じゃあ決まり~!明日駅前に集合ね!細かいことはメールするから!」

ゆう子と別れた後、急遽響とすみれは駅ビルのショッピングセンターで水着を選んでいた。

「私、海初めてかな。」

「えっ」

試着室内で白いワンピースタイプの水着を胸に押し当てながらすみれがぼそっと告白すると、ピンクのビキニタイプを既に掴んでいる響が、試着室の外からすっとんきょうな声を上げる。

「一度も行ったことないの?」

「だから楽しみよ。」

響と出会う前のすみれの性格を知っている響は、海辺ではしゃぎまわる彼女の姿が想像できず、納得する。

「これでどうかしら?」

すみれが試着室のカーテンを勢いよく開ける。

「うん、ばっちりかわいい!」

「いやぁー、やっぱ海は最高だねー!」

翌日、快晴に恵まれた海岸に到着したゆう子、響、すみれ、それに大久保大地の姿があった。

「どうして大地がいるの!?」

すみれが響に小声で問い詰める。

「ゆう子先輩が呼んだみたいだね。まぁまぁ、彼も映画研究会のメンバーなんだから…。」

そもそも映画研究会唯一の男子メンバーである大地が、「なぜか部活動に専念していない様子」の女子達に不満があることは全員が感じとっているところである。

ところが自分の研究に忙しく、1人で活動できてしまう彼にとっては、女子メンバーを活動に誘うことに特に興味はない。ゆう子はそんな様子を気にかけていたのだ。

「あ、大地カメラ持ってきたんだ!」
大地の荷物から、HD画質のビデオカメラを発見した響がいう。

「ああ、海辺での撮影用フィルターの実験や。てかお前、ただ遊びに来たんか?」

「え?いや~えへへへへ////」

大地も来たと知って心なしか浮わつきだした響の変化を、すみれは見逃さない。

(なによデレデレしちゃって…)

「そーら響!」

ゆう子が、ビーチボールをトスする。

「ふぇ」

油断していた響は、ボールをあらぬ方へとばしてしまう。

「ごめんなさーい!取ってきます」

「おー、よろしくー!」

波打ち際の方に走りながら、オレンジのトップにショートパンツという大人っぽい水着と抜群のプロポーションのゆう子を見て、響はため息をつく。

(よりによって水着を間違えるなんて…)

せっかく昨日駅ビルでかわいい水着を買った響だったが、今朝いつものように寝坊した挙句、あわてて学校の水泳の授業に持っていくスクール水着の方を持ってきてしまったのだ。

「紅光、ほらよ」

急に大地がビーチボールを持って響の前に現れる。

「うおっはああ」

驚いて体勢を崩す響。

「あ、ありがとう…」

大地はボールを響に渡すと、再びカメラのファインダーの前に戻る。

「大久保君、それじゃ響がうつってないんじゃない?」
すみれが大地に注文ならぬイチャモンをつける。

「ああ、すまんすまん。」

女子達の動く様を撮影しているのだが、響にとっては、大地が女子達の水着というよりは撮影用フィルターのテストに興味があることが、むしろ救いである。

シーズンオフの平日で人気のない海辺ではしゃいでいるのは、ゆう子と、いっしょについてきたチョウチンアンコウ型ジェイド《アンコ》だけのようである。

「さて皆さん、花火をしまーーす!!」

日も傾きかけた頃、響とすみれのテンションがダダ下がりなのに気を揉むゆう子は、状況を変えようと提案する。

「ええやないですか。ナイトモードのチェックもしたいし。」

(相変わらず空気を読まない男ね…)

「響、花火買いに行くの手伝ってくれる?」

ゆう子は響を花火の買い出しに誘い、すみれと大地に留守番を頼む。二人の仲を縮めようという彼女なりの算段だ。

「あ、はい、ちょっと待ってくだ…」

ゆう子と並んで歩くことでスタイルを比較されまいとあわててパーカーで身体を隠しまくる響。

「?」

響とゆう子が行ってしまって、大地と二人海辺に残されたすみれは釈然としない。せっかく初めての海なのに、どうして響ではなくこんな男と一緒にいなくてはならないのか?ゆう子先輩も察してくれればいいのに。

「ちょっと大久保君、流木でも拾ってきたら…!?」

「いやローソクあるから焚火は必要ないやろ…」

「ふん!」

そのときだった。
泳ぎ疲れて響の肩の上で休憩していた《アンコ》が跳び起きた。チョウチンの先の利得媒質[オプト・クリスタル]が赤く明滅し、《ジェイド》接近を感知したのだ。

「2人とも…お楽しみのところすまないがお客さんのようだぞ」

「お楽しみはあんたでしょうがっ…」

ゆう子が道路から防波堤越しに海側を見ると、40メートルくらいの巨大な物体が海中にうごめいている。一瞬姿を現したそれは、深海の闇に適応した巨大な眼球を翡翠色に発光させたダイオウイカに寄生した《ジェイド》だった。

「うぅ~この大事なときにまったく…!いくよ響!」

「あ…あ…はい!」

一方のすみれはというと、大地との留守番に耐えかねてビニールシートから立ち上がる。

「なんや石英、どこ行くねん?」

「いえちょっと」

「携帯もってへんなら行き先教えといてくれんと…!」

「……トイレよ……!」

「…お、おう」

海岸には人気が少ないとはいえ、繁忙期のために用意されたであろう仮設トイレはまだ残っていた。すみれは個室のうちの一つに入り、腰を下ろす。

「ふぅ…響たち早く戻ってこないかしら。」

そのとき、《アンコ》からの媒質通信が入る。

(すみれ、聞こえるか!?)

(アンコ?どうしたの?)

(《ジェイド》が出現した。ダイオウイカ型だ。でかいぞ。)

(すぐいくわ)

すみれが立ち上がろうとすると同時に、波打ち際から爆音が聞こえる。いくつもの水しぶきが上がり、巨大なダイオウイカが触手をくねらせて上陸する。夕闇せまる海岸に、翡翠色の巨大な眼球が不気味に発光していた。

ビニールシートに腰かけてカメラの映像チェックをしていた大久保大地は、ファインダーに突如現れた異形の物体をにわかに認識することはできなかった。

「…ちょ、な…なんやこの化けもん!?あかん、そっちは…!」

ダイオウイカは十本の触手を足のようにくねらせると、街の灯りの方角を目指して移動を開始した。行く手には、先程すみれが入っていった仮設トイレがある。

次の瞬間、大地はカメラを放り出すと、仮設トイレに向かって突進した。
ダイオウイカはすぐそこまで迫り、一番長い触手が届きそうである。

「石英――!逃げえー」

バアアアアン!
たどり着くと同時に、女子トイレのドアを蹴破る大地。

「き、きゃああああ!」

ワンピース水着の宿命…ほぼ全裸状態のところに突入されたすみれは、半狂乱になって大地の顔面に回し蹴りをくらわす。そのまま失神する大地。

「すみれちゃん、急いでそこを…!???」

間髪いれず到着した響とゆう子は、半泣きになりながらあられもない姿のすみれと、鼻血を流して倒れている大地を見つける。

「す…すみれちゃん…?」
「すみれ…?」
「ちょ…これは…!」
すみれはもう完全に泣いている。

「細かいことはあとで!」

「とにかく変身だよ、すみれちゃん!」

「…」