魔光少女 プリズム響

PHASE=015 共同戦線 VCSEL

1

下校途中の混雑するバスの中で、紅光響は「はあ~」と大きな溜め息をついた。気疲れと倦怠感がどっと全身に押し寄せてくる。

バスが、交通渋滞に巻き込まれて停まったのだ。
混雑具合から見て、簡単には抜け出せそうにはない……。

京都市では、祇園祭などの観光客で混雑が予想される時期、工事抑制期間に入る。

翻って、抑制期間前は京都市内各地で道路工事が駆け込み的に行われるのだ。

夕闇の烏丸大通りは、もうもうとたなびく排気と車のテールランプのきらめきと道路工事の電光掲示板の明滅で埋め尽くされている。
渋滞は二進も三進もいかない様子だ。

帰宅ラッシュの乗客たちのいらだちが車内に伝播していくのがびんびんと感じられる。

みんなが疲れているのだとはわかっていても、椅子に座ることができた幸運な乗客を羨まないではいられない。

響はもう一度大きく溜め息を吐き出すと、首を伸ばして窓外に目をやった。

そのとき、陰鬱な赤色灯を瞬かせたパトカーが、車載スピーカーで「通ります!」とがなり立てて通り過ぎていく。
その他にも消防車のウーウー、カンカンと耳をつんざくサイレン音と警笛が嵐のように去っていった。

どうやらこの渋滞の原因は工事だけではなさそうだった。
妙な胸騒ぎがする。

(響、またしても〝当たり〟を引いてしまったようだな……)
リュックサックに隠れている《アンコ》が媒質通信[オプト・リンク]で脳内に話しかけてくる。

《アンコ》は外宇宙からやってきたケイ素生命体の自己制御[セルフガバナンス]型《ジェイド》とよばれる群[スウォーム]兵器のひとつだ。

地球に墜ちた際、偶然、料亭で調理されそうになっていたチョウチンアンコと結合してしまった。
《アンコ》の仲間たち——外宇宙の超兵器《ジェイド》は小型の無人兵器で、本来は光エネルギーを調達するために恒星間を旅していた。

ところが、制御不能[アウト・オブ・コントロール]に陥って地球に落下。
京都市内に《ジェイド》が散らばってしまったのだった。

制御不能[アウト・オブ・コントロール]の《ジェイド》は、見境なく光エネルギーを吸収しようとしてしまう。
京都が闇に飲まれるのを阻止すべく、《アンコ》の要請を受けて立ち上がったのが、響たち魔光少女だ。

(じゃあ、《ジェイド》が近くに!?)
《アンコ》の提灯の先に内蔵[ドープ]された利得媒質[オプト・クリスタル]は、《ジェイド》が接近すると赤く明滅して知らせてくれる。

(いや、この近くにはいないようだ)
(すみれちゃんたちは!?)
(すでにリンクしてある。1時間後に事件現場に集合だ)
(今日は早めに帰って、レコーダーに録り溜めたアニメ観るはずだったんだけどなあ……)
(次、降りるぞ!)
唇を尖らせる響の愚痴を《アンコ》が遮った。

ケイ素生命体の恒星間宇宙船《ダイソン》の暴走を食い止め、黒い魔光少女——ゆう子先輩と和解してはや一ヶ月が経過しようとしていた。

この1ヶ月、《ジェイド》によって京都市内が脅かされることもなく、平穏無事な日々がつづいていたのだった。
そこにきて、突然の事件発生に、響は気を引き締めて事件現場へ向かった。

現場には野次馬が群がっていた。
事件現場前は道路工事の途中だったようで、工事のカラーコーやフェンスと、警察の現場封鎖のテープやビニールシートがごっちゃになって混乱していた。

「響、こっちこっち!」
渋滞を抜け出し、ようやく停留所でバスを降りた響が現場に辿り着くと、ゆう子先輩とすみれが制服姿のまま手を振っていた。
どうやら2人とも下校途中、家にも帰れずにここにやってきた様子だった。

すみれとゆう子先輩の2人と合流した響は、人々に混じってその現場を〝見上げ〟た。
どんなに人が押し寄せようと、〝それ〟を覆い隠すことは難しい。

なんと、烏丸のオフィス街に建つガラス張り6階建てビルの壁面に、まるで巨人がビルに突っ込んだかのような人型の穴がぽっかり空いる。

破壊されたビルはもくもくと粉塵と黒煙を立ちのぼっていた。
どこかでまだくすぶっているらしく、周囲には焦げた匂いが漂っている。
塵が舞い散らないように数台の消防車がホースで噴水していた。

(これが……ほんとうに《ジェイド》の仕業なの!?)
あまりに大きな被害の痕に驚いて響がリンクする。

《ジェイド》は翡翠[ひすい]色をした小石くらいの大きさの兵器だ。
なのにビルに穿たれた人型の穴は20mあまりはある。

地底を掘削していた《ジェイド》モグラや、光学的遮蔽工作[コンシールメント]が可能な《ダイソン》ならまだしも、そこまで肥大化した《ジェイド》がビルを攻撃しておいて、京都の町中で発見されないはずがない。

(まさか、ヴィクセルレーザー……!?)
ただならぬ表情のゆう子が《アンコ》に確認する。

(ヴィ……クセル?)
聞き慣れない言葉に響が聞き返す。

面発光型半導体レーザーのことだ。その名の通り「面」から発光できるレーザーのことなのだが……)

(つまり、点や線ではなく、面で進展するレーザーってこと?)
すみれが問いかけ、ゆう子がその通りであることをうなずいて伝える。

(《ジェイド》がヴィクセルレーザーを創発[エマージェンス]したの?)

(そのようだな)
苦り切るゆう子と《アンコ》に、状況が飲み込めない響が首を傾げる。

(20m級のヴィクセルレーザーをぶっ放す敵がそこらへんをうろついていると考えてごらんなさい)
ゆう子が言う。
(しかも奴は制御不能[アウト・オブ・コントロール]なのよ……)

現場周辺に駆けつけた救急車に人が担ぎ込まれていくのを横目に、響は唾を飲み込んだ。
いったいビルが破壊されたことで、どれだけの負傷者を生んだのだろうか。

これまで魔光少女たちの活躍によってなんとか人命が損なわれることだけは阻止してきた。
だが、今回はあまりに被害が大きすぎる……。

響は使命感と正義感で自らを奮い立たせて、拳に力を込めた。
(早く《ジェイド》を見つけなきゃ!)

(今のところ手がかりは人型ってことだけね……)
名探偵ばりに顎に手を当てるすみれがリンクする。

(どうやらもうひとつ共通項がありそうだ)
《アンコ》のリンクに響が問いかける。
(共通項? 事件はまだここしか……)
そこまで言って響ははっとした。

すみれやゆう子も同時に察したようだった。
(2件目の被害が出たの……?)

(ああ。テレビでニュースになっている)

ゆう子が持っていたスマートフォンを起動する。
3人の少女たちが肩寄せ合い、スマホの画面に注目する。

(ここから約1km離れた場所に建設中のショッピングモールの壁面に人型の爆発が起きたそうだ。
工事中ということもあり、人的被害はいまのところ報告されていない)

ゆう子のスマホが事件現場の映像を映し出す。
上空からヘリコプターで捉えたその映像では、ショッピングモールに烏丸のビルと同じ人型の穴があいていた。
ショッピングモールも烏丸の現場と同じように、工事現場のフェンスとカラーコーン、電光掲示板とビニールシートが警察の現場封鎖ロープやテープとごっちゃになっていた。

(工事現場……)
響が2つの現場の共通点を指摘する。
(その通りだ、響。《ジェイド》は、工事現場に関連するなにかに結合している!)

2
《アンコ》が工事現場共通項を洗った結果、建設機械リース会社の名前が合致した。

深夜、フォトナイザー——鋼鉄のほうきとも呼ぶべき魔光少女たちの魔法の杖にまたがって、3人の魔光少女が京都北西部、国道9号線沿いにある倉庫街に到着した。

(建設機械のリース会社……《ジェイド》はいったい何と結合したの!?)
(行って調べてみるまでよ!)
ゆう子が黒い戦闘服[バトルドレス]をたなびかせ、先陣を切った。

オレンジ色の外灯に照らされた一帯はまるで電子レンジのなかに閉じ込められたようだった。

刹那、《アンコ》の提灯が淡く明滅をはじめた。
(近い!)

《アンコ》のリンクと同時に緊張が走る。
魔光少女たちが死角を造らないよう互いの背中を合わせ、フォトナイザーを構える。
《ジェイド》の出現を待つが、いっこうに敵は現れなかった。

(わたしが見てくる!)
響がすみれとゆう子に目を配る。
(2人はバックアップを!)

(響、無理はしないで!)
すみれが響を気遣ってリンクした。

(大丈夫!まっかせて!)
倉庫の闇に響がそっと足を踏み入れていった。

そこはほこりと油の匂いが充満していた。
建設重機たちが博物館の恐竜の化石のように闇のなかで静止している。

ちょうど響が倉庫の中央までやってきたとき、黄色い建設用の軽トラックのエンジンがブオンと轟音を立てて起動した。

来る——と腰を低くした響が軽トラックに注意を傾ける。

すると、軽トラックの荷台に積まれた電子看板[デジタルサイネージ]がそこに翡翠[ひすい]色に点灯した。反射材を多用した安全ベストに作業つなぎ、安全ヘルメットをかぶった男の姿が映し出される。

人型と光——。

2つを脳裡で結びつけたのと、《アンコ》の警告が脳内に響き渡ったのが同時だった。
(響、よけろ!!)

デジタルサイネージの画面上に存在する作業員が、大型の旗を振りかざした途端、画面から人型面[ヴィクセル]レーザーが放たれた。

飛び出す絵本のように拡大して飛び出した人型面[ヴィクセル]レーザーが響に迫った。
すぐさま光の軌跡[トレイル]を読み切った響は、横に転がってレーザーの進展を躱[かわ]す。
ヴィクセルレーザーは倉庫の壁に人型の穴を穿った。

「響!!」
すみれとゆう子がすぐに駆けつける。

「相手は動けないんだから楽勝よ!」
どうやってビルやショッピングモールの壁面に人型の穴を穿ったのか身をもって体感した響は、腰を沈めたままデジタルサイネージ《ジェイド》の側面に回り込んだ。

フォトナイザーを振るい、その側面目がけて杖の先端に内蔵[ドープ]された利得媒質・紅水晶[ローズクォーツ]から必殺攻撃を発した。

「フォトニック・アンプリファ!」

紅い光の帯が迸ってデジタルサイネージに直撃するかと思いきや、くるり、とまるで仕掛け扉のように90度回転してふたたびヴィクセルレーザーを撃って攻撃を相殺した。

動けないと想っていたデジタルサイネージ《ジェイド》は、カニのように節のある脚を数本創発[エマージェンス]していた。

「うっそ~!?」

間を置かず、反撃のヴィクセルレーザーがサイネージから放たれ、再び響は横に飛び退った。

今度はサイネージのほうが上手だった。
ヴィクセルレーザーを響目がけ、際限なく撃ち始めたのだ。

「響を助けなきゃ!」
加勢に加わろうとするすみれの肩にゆう子が触れて制止させる。

「すみれちゃんより私の方が動きが速い。囮は響と私に任せてくれない?」
「じゃあ、わたしは……」

(黒い魔光少女の判断は的確だ!)
《アンコ》がリンクする。
(すみれはモード同期[ロック]レーザーの装填[チャージ]を頼む!)

《アンコ》のリンクが飛ぶ間もデジタルサイネージ《ジェイド》の攻撃は止まなかった。
広範囲にわたる面[ヴィクセル]レーザーは、躱すのが遅れれば致命的だ。
レーザーの熱に飲まれてしまう。

フォトナイザーにまたがり、鷹のようにぐるぐると空を旋回して行き交う響とゆう子に向かって、《ジェイド》は連続攻撃を仕掛けてくる。

2人は交互に注意を引きつける攻撃を繰り返しながら、すみれの装填時間を稼いでいった。
(4,3、2……)
装填完了とすみれが口にしかけたそのとき、デジタルサイネージ《ジェイド》がはっとしたようにすみれに向き直った。

(すみれちゃん!)
響とゆう子が慄然とする。

(モード同期完了! 発射!)
すみれのフォトナイザーの先端に内蔵[ドープ]されている紫水晶[アメシスト]がエネルギー収束された光の帯を噴出する。

《ジェイド》も面レーザーを放ち、すみれのレーザーとぶつかり合った。

面に対し、線の攻撃であるすみれの攻撃は、次第に押し返され、遂には押し返されてしまった。

(先輩!)
(わかってる!)

すぐさま目配せし合って響とゆう子が弾丸のように地面に下っていった。

「フォトニック・アンプリファ!」

空中・と地上——3人がそれぞれ3つの地点から同時にレーザーを放った。

面に対し、3つの線が今一度突き刺さる。

合波された魔光少女たちの光は、彼女たちの思念を込めたエネルギーによって圧倒し、面を貫く。
サイネージ画面上で旗を振る翡翠色の作業員は粉々に砕かれた。