魔光少女 プリズム響

PHASE=010 オペレーション・パワー・グリッド(後編)大文字山に墜つ…… Antilaser

17:20PM 大文字山上空(作戦開始5分経過)

雷が、落ちた——。

突然、山の上を厚く漂う雲のなかからストロボを焚いたような強烈な光が閃いた。
この期を逃さず、京都市各地点に散らばる《ジェイド》が伸ばした数千数万筋のレーザー避雷針は、落雷エネルギーを貪欲に分散・吸収した。

それは、京都に潜伏するケイ素生命体群[スウォーム]兵器《ジェイド》を一網打尽にする作戦——オペレーション・パワー・グリッドが失敗した瞬間だった。

外宇宙よりの恒星間宇宙船《ダイソン》に仮設された誘雷塔から伸びた集光鏡によってチャープパルス増幅されたモード同期レーザーを進展。
落雷エネルギーを吸収し、空振りに終わった《ジェイド》たちの交錯したレーザーを《プリズム☆響》の必殺技によって釣りあげる。
そうして相互接続[コミュニケーション]を回復することで、制御不能[アウト・オブ・コントロール]に陥った群兵器を捕捉尽滅するはずだった。

それがいま、失敗した——。

落雷の閃光につづきわずか数秒。
天を裂かんとばかりの獰猛[どうもう]な炸裂音が轟いた。
鋼鉄を叩き落としたようなすさまじい轟音は、響の鼓膜を蠕動[ぜんどう]させて残響を残した。

(すみれ、《アンコ》!)

安否を問う響の媒質通信[オプト・リンク]すら、稲妻の轟音にかき消されるかのようだ。
吹き荒ぶる豪雨のなか、フォトナイザーにまたがって空中に浮かぶ響は、雷鳴に思わず身をすくめたが、すぐに大文字山の火床に陣取る仲間たちの名をリンクで呼びかけた。

先ほどまで《ダイソン》仮設誘雷塔が屹立していた火床は南西方面より直進してきた黒い大出力レーザー——反[ブラック]レーザーによる攻撃を受けていた。

爆発はもくもくと土煙をあげ、暴風が煙を押し流していく。

響は爆煙の合間を縫って火床の現状を、仲間たちの安否を確認しようと右へ左へフォトナイザーを操る。

失敗——。
その二文字が響をじわりじわりと首を締めあげ、すみれと《アンコ》の安否を気遣う焦燥感に胸を塞がれる。

間もなく雑音[ノイズ]混じりのリンクが響の脳内に知覚された。

(大丈夫……攻撃……かすめた……だ)
途切れ途切れの《アンコ》のリンクだった。

突風で押し流されていく爆煙の靄[もや]のなかに《ダイソン》の残骸が浮かびあがり、つづいて翡翠[ひすい]色の球型障壁[ドーム・バリア]で守られた《アンコ》とすみれを確認する。

すみれは膝をつき、起き上がろうとしているところだった。

(よかった! 無事なのね!?)
響が首を伸ばして地上の様子を確認する。

仮設誘雷塔のすぐ脇の森は、山肌を雨風に晒し、子供が砂遊びで無邪気にトンネルを貫通させたみたくえぐり取られていた。

(検光子[アナライザー]に異常反応。気をつけろ、響。敵が接近中だ!)
《アンコ》が響に注意を促す。
(反[ブラック]レーザーは超純度高密度吸収性ケイ素結晶体がなければ発射できない。もしかすると敵は《ジェイド》を制御[コントロール]しているかもしれん)

(《ジェイド》は制御不能[アウト・オブ・コントロール]なんじゃないの?)

(あるいは《ジェイド》を改造した者がいるということだ。地球上の科学技術を用いてな!)

(わたしも響といっしょに敵を食い止める!)
すみれがフォトナイザーにまたがろうとする。

(いかん、すみれ。君は第2射準備を急げ!)
《アンコ》は落ち着いた声でリンクした。

(目標はどうするの? 雷は吸収されちゃったんでしょう?)

(何者かが《ダイソン》を狙っている……恒星間宇宙船は《ジェイド》を繋ぎ合わせるための重要な鍵だ。なんとしてでも死守せねばならん!
だが、これ以上《ジェイド》たちに雷のエネルギーを吸収されても困る。
エネルギーを得た彼らが危険因子を創発[エマージェンス]するとも限らないからな……)

ゴォォォォォォォォォォォォ……

また稲妻のうなりが長く尾を引いた。

(電位急上昇! すみれは《ジェイド》のレーザー誘雷を阻止してくれ!)

(……了解!)

いまは第2波落雷を防ぐのが先だ。
混乱する頭で自分なりに優先順位をつけたすみれは防眩バイザーで顔を覆ってチャージ態勢に入った。

(《ダイソン》は誘雷塔の制御に注力しているため、光学的隠蔽措置[コンシールメント]ができない。
したがってわれわれは後方支援[バックアップ]もできない。
申し訳ないが響……頼んだぞ!)

こっくりと響がうなずく。

(数分——数分のあいだ時間を稼いでくれ!)
逼迫[ひっぱく]した《アンコ》のリンクにはっとした響は、反[ダイ]レーザーが放たれた南西方面を振り返った。

バイザーに表示[ディスプレイ]される外宇宙の画面には、警告と思しき記号によって真っ赤に染め上げられていく。

何かが、来る——。
背筋がぞっと総毛立ち、危険が迫っていることを予感させた。

はたして敵の正体は……。
刹那、低層雲を切り裂いて〝なにか〟がこちらに接近してくることをバイザーが伝える。

雷のフラッシュを背に、黒い影がぼうっと浮かびあがった。
バイザーの警告[アラート]音がヒステリックに鳴り響く。

それは、黒い外套をなびかせて飛ぶ黒い魔光少女だった。

(また会ったな、紅の魔光少女!)
黒い魔光少女のリンクが脳内に聞こえたのと、彼女が姿をあらわしたのが同時だった。

背中に超純度高密度吸収性ケイ素結晶体を背負った彼女は、無数のコードを蔦のように這わせている。
コードはすべてフォトナイザーに結線されており、あきらかに改造されたものであることを示していた。

「《ダイソン》もらったぞ!」
疾走する黒い魔光少女が空中で叫ぶ。
フォトナイザーにまたがったまま、その先端に内蔵[ドープ]された黒水晶[モーリオン]を大文字山の火床――仮設誘雷塔へ差し向けた。

途端、彼女が背負う超純度高密度吸収性ケイ素結晶体が空中分解した。
分離したケイ素結晶体は黒い円筒型[シリンドリカル]をしていて、それぞれ意志を持つかのように楕円を描いて周回する。

「ブラック・ソリッド・マキシマム!」

彼女が唱えた途端、円筒型の結晶体がフォトナイザーの先端に内蔵された黒水晶[モーリオン]に対して一列に並んだ。

フォトナイザーから発射された黒いレーザーが結晶体を通過するたびに増幅され、高出力の反[ブラック]レーザーを創発[エマージェンス]した。
まるで太陽光を複数の虫眼鏡を通して1点に集中させるように。

増幅された反レーザーが響に迫る——。

響もフォトナイザーから反撃のレーザーを放つ。

「フォトニック・アンプリファ!」

ふたたび紅と黒の光がぶつかり合い、せめぎ合った。
敵の膨大な値のエネルギーを抹殺しようと響は懸命になったが、反[ブラック]レーザーは、こちらのエネルギーを吸収しているかのようにその暈[かさ]を増していく。

(どうしてあなたは、《ダイソン》を破壊しようとするの!?)
響が反撃の隙を窺うように黒い魔光少女にリンクする。
(あなたは、いつも私たちを助けてくれていたじゃない!)

(助けてなどいない!)
彼女は断固とした口調で言った。
(私はお前が《ダイソン》を引っ張り出す機会を窺っていたんだ!)

(どうしてそんなに……《ダイソン》を壊したいの!?)

(貴様が知る必要はない!)

このままでは、負ける――。

自分の不甲斐なさに泣きそうになりながらも、響は紅水晶[ローズクオーツ]に思念を集中する。

そのとき響の脳裡に一瞬浮かんだのは、つばぜり合いに負けた響がはじき飛ばされ、反[ブラック]レーザーがすみれと《アンコ》を蒸発させる光景だった。

黒い光に生きながら焼かれる友の叫びに胸が苦しくなり、絶対にそれだけは阻止しなければならないと心のなかで決意する。

(お願い、もう少しだけわたしに力を貸して!
せめて大切なわたしの仲間を守れるぐらいの力を——)

心のなかで絶叫し、我を忘れて大出力のフォトニック・アンプリファを放つ響の怒りが頂点に達したとき、紅水晶[ローズクォーツ]が真っ赤に光り、すこしずつ反[ブラック]レーザーを押し返しはじめた。

響が、反撃を開始した。

17:20PM 大文字山上空(作戦開始5分経過)

(《アンコ》……いったい)
反[ブラック]レーザーを押し返しはじめた響を見上げながら、すみれが愕然とリンクする。

(響の煮えたぎる感情を、利得媒質[オプト・クリスタル]がエネルギーに転換したんだ……)
操作盤[コンソール]から目を離さず、雲の電位推移を睨みつつ《アンコ》が答える。
(相手は感応波[パルス]によって超純度高密度吸収性ケイ素結晶体を操り、響の攻撃に合わせて位相を変え、エネルギーを吸収してきた……だがいまは感情という予想不可能のエネルギーの奔流に調整[チャンネル]できないんだ!)

(このままいけば響が勝つ――)
あまりに膨大なエネルギーのぶつかり合いに息を飲んだすみれのリンクだった。

(否!)
すぐさま《アンコ》が否定した。
(怒りにまかせ、オプト・クリスタルを燃やせば、響が闇に取り込まれる!)

外宇宙のケイ素生命体は、意志という予測不可能なものをエネルギー転換したことで、シュバルツハルト半径——ブラックホールを生みだしてしまった。

響が制御不能[アウト・オブ・コントロール]の感情に身を任せれば、彼女は光の奔流に呑まれてブラックホールと化してしまう。

《アンコ》の心配をよそに、天が裂けんばかりの雷鳴が轟いた。

ゴォォォォォォォォォォォォ……

(雷雲内、電位差急上昇! 来るぞ!)

京都市内の各地点から、緑色の光が伸びはじめた。
ふたたび中空で翡翠色の光格子[パワー・グリッド]が空に形成される。

もはや猶予はなかった。

(すみれ、第2射、発射だ!)

(了解! モード同期レーザー……発射!)
すみれが叫んだ。
仮設誘雷塔の先端めがけてモード同期レーザーを発射する。

《ダイソン》仮設誘雷塔に設置された複数の集光鏡がすみれのレーザーを反射し、CPA[チャープパルス]増幅させる。

次の瞬間、レーザーピーク出力を飛躍的に向上させたモード同期レーザーが仮設誘雷塔からほとばしった。

刹那、空が真っ白に閃く。
束の間視力を奪うほどの強烈な雷のフラッシュが京都市を照らしだした。

すかさず天に到達したすみれのチャープパルス増幅されたモード同期レーザーによって、第2の落雷は《ジェイド》たちが伸ばす翡翠色のレーザーではなく、《ダイソン》に吸収された。

依然として響と黒い魔光少女は、つばぜり合いをつづけている。

相互接続復活にこだわって、撤退する機を逃がす手はない。
《アンコ》は潔く作戦の継続をあきらめ、リンクした。

(よし、《ダイソン》を光学的隠蔽措置[コンシールメント]で撤退する!)

《ダイソン》が透明になり、姿を消す。

(山ごと吹っ飛ばせば逃げられまい!)
響とのつばぜり合いをあきらめた黒い魔光少女がフォトナイザーで真横に跳んだ。そのままアフターバーナーを点火した戦闘機がごとく急速前進して響のすぐ側を突破する。

ケイ素結晶体は黒い魔光少女についてはいかず、そのまま宙に浮かんで響のレーザーを受け止めていた。

(しまった!)
背筋に氷を当てられたように響はぞっとした。
自身でも制御できないエネルギーの奔流を相手に格闘し、反応が数秒遅れたのだった。

黒い魔光少女が、フォトナイザーを大文字山に差し向ける。

「ソリッド・マキシマム!」

黒水晶[モーリオン]の先端から強力な反[ブラック]レーザーが噴出した。
大文字山の火床ごと焼き尽くして飲み込むほどの黒い光の帯だった。

響は攻撃を阻止すべく、一か八かの賭に出た。
彼女の背後に向かって必殺のレーザーを放つ。

「フォトニック・アンプリファ!」

完全に背後を狙われた黒い魔光少女は、背中に背負っていたケイ素結晶体とコードの束に被弾した。

「くっ!!」

黒い魔光少女が舌打ちし、フォトナイザーを傾がせる。
彼女が放った反[ブラック]レーザーは大文字山に進展したが、あと一歩、到達する寸前で出力が尻つぼみになってしまった。

つづいて黒い魔光少女は回避行動を取ったが、振り返りざまの攻撃を躱[かわ]しきれず、顔の左半分もフォトニック・アンプリファを被弾する。
顔を覆う防眩バイザーの左半分がひび割れ、その顔面を露わにする。

響は黒い魔光少女が左頬から血を流しているのを認めた。
あわてて彼女は左顔面を手で覆い、きっと響を睨んだ。

怒りにまかせて人間を、攻撃してしまった——。
その事実が、響の高ぶった感情を急激に冷ます結果となった。

(だ、だいじょうぶ……?)

思わずリンクする響をよそに、黒い魔光少女はフォトナイザーを急速反転させて去っていった。

いつの間にか雷の轟きも遠くになり、雨脚も落ち着きを取り戻しはじめている。

霧雨が紗幕のようにたなびいていた。
まるで戦いに傷ついた少女たちをやさしく包み込むように——。

8:25AM 聖光学園中学校校門前(作戦翌日)

翌日、響とすみれ昨日の疲れが抜けきらないまま校門をくぐった。
雨に濡れっぱなしだった2人は何度も鼻を啜っている。
風邪気味のようだった。

「やっぱり、黒い魔光少女は敵、なのかな……?」
響は昨日の一件以来、ずっと考えていたことを口にした。

「敵って……? だって《ジェイド》は《ダイソン》を、巣を攻撃できないんでしょう? 《ジェイド》のほかに敵がいるってこと?」

(黒い魔光少女が何者なのか。その手がかりはどうやら桂イノベーションパークにあるようだ)
響のリュックサックに隠れた《アンコ》がリンクで割りこんできた。

桂イノベーションパーク——。
それは黒森ゆう子先輩に見学に連れて行ってもらった研究機関だった。

「どうして桂イノベーションパークなの?」

「反[ブラック]レーザーの方角から逆算した結果、攻撃は大文字山南西方面に位置する研究機関から発射されたものであることがわかった」

「じゃあ、そこにいる〝誰か〟が、わたしたちの敵ってこと?」

(しかも敵は、反[ブラック]レーザーを放つことができる。ということは、超純度高密度吸収性ケイ素結晶体——《ジェイド》を制御[コントロール]していることになる)

いったい何者なのか……?

ふと響が顔をあげる。
一人の少女が響たちを追い抜いていった。
すぐにゆう子先輩だと気づいた響が、声を掛ける。

「先輩!」
しかし、ゆう子先輩はそのまま振り返ることなく校舎に向かっていった。
声が届かなかったのか?

「響、いま見た?」
すみれが戸惑いながら言った。

「見たって……先輩のこと?」

「左の頬にガーゼを押し当ててた」

左頬の傷——。
黒い魔光少女に負わせた傷を思いだした響は、しかしすぐさますみれの言葉を否定した。
「まさか、先輩が黒い魔光少女だっていいたいの? ただの偶然だよ……」

「でも——」
自分でも認めたくないというように、すみれは小さい声で言った。
「桂イノベーションパークは、先輩のお父さんが出資してるんじゃないの?」

先輩が、黒い魔光少女?

地下鉄のモグラ《ジェイド》も。
京都市水族館のイルカ《ジェイド》も。

確かに先輩は、黒い魔光少女が現れた現場に偶然、居合わせていた……。

はたして〝ただの〟偶然だったのか?

不意に訪れた重たい沈黙を打ち破るように、予鈴が鳴り響いた。
しかし、響とすみれはその場からなかなか動きだせなかった。