魔光少女 プリズム響

PHASE=007 ジェイドはこうして生まれた Hypothetical Types of Biochemistry

《アンコ》は寝床にしている白い籠から顔を出し、室内の様子をうかがった。

お風呂からあがったばかりの紅光響はピンク色のパジャマに着替え、ベッドの上で膝をかかえたままうずくまっていた。
普段、黄色のリボンでふたつくりにしている髪も、いまは降ろされて、かすかにシャンプーの香りを放っている。

(響、話したいことがある……)
《アンコ》が媒質通信[オプト・リンク]を飛ばした。
階下の家族に話し声が漏れ聞こえないためだった。

(いまはなにも話したくない)顔をあげずに響が応えた。

(大事なことなんだ。利得媒質[オプト・クリスタル]――いや、われらケイ素生命体について、説明しておきたいことがある)

(どうしていまさら……)響は抑揚なく発信した。(あの子が言い残したことの、弁解のつもり?)

《アンコ》は言い淀んでしまった。

扱いを誤れば、オプト・クリスタルは響たちをも滅ぼすことになりかねない――

ふたたび響たちの前に姿をあらわした黒い魔光少女は、そう言い残して姿を消した。

《アンコ》は隠し事をしている――
すくなくとも、オプト・クリスタルについてなにか重要なことを響たちに話していない。
それは魔光少女たちのみならず、京都の町をも消滅させてしまいかねない、オプト・クリスタルの危険性だった。
騙していたととられてもしかたがない。

いっぽうで、京都に散らばった《ジェイド》と戦うため、響たちは急速に魔光少女としての練度を高めていく必要があったのも事実だ。
残念ながら、その過程でオプト・クリスタルの技術背景まで学ぶ余裕は彼女たちにはなかった。

不幸なことに、人間の脳[ハードウェア]は、情報共有に時間がかかるようになっている。

内奥[ないおう]で思考を転がす《アンコ》に対して、響が目をあげ、視線を合わせた。
彼女の瞳は、いまにも涙がこぼれ落ちそうなくらいにうるんでいた。

(《ナマズ》くんの言う、〝大事なこと〟を知ったら、《ジェイド》が結合した動物も、殺せるようになる?)

(すくなくともきみは、コウモリと結合した《ジェイド》を殺すことはできた)
《アンコ》のリンクを受け、響がまた顔を伏せてしまう。

彼女と口論したいわけではない。
理を説いて《アンコ》が理屈の上で勝ったところで、響が魔光少女を〝降りる〟選択をしてしまえば、窮地に立たされてしまうのは自分だ。

パニックを起こすことなく、《ジェイド》の捕捉尽滅を遂行できる人間が、響やすみれのほかにどれほどいるというのか。
存在したとして、自身が〝宇宙人〟である《アンコ》に、どうやって探し出せるというのか……。

結局、響の信用を取り戻さなければならないということだ。
信用を失墜させるのは容易いが、維持・回復するのは難しい。
それは数値化できない、きわめて非効率な人間社会独特の相互接続[コミュニケーション]のための十分条件だった。

〝ジョウチョ〟と〝カンジョウ〟なる炭素生物の処理装置[プロセッサ] がもたらす精神活動については、人間の歴史を参照して学習している。
《アンコ》 は自身の処理装置を高速稼働させ――この外宇宙からの群兵器なりのやり方で響に配慮しつつ――冷静に言葉を継いだ。

(……すまない。ただ、聞いてほしい。われらケイ素生命体は、オプト・クリスタルによって滅んだんだ)

えっ、と声に出さずに響が顔をあげた。

彼女の瞳を受け止めた《アンコ》は、提灯の先端で輝くオプト・クリスタルから、幾何学模様[アラベスク]の光を放った。
光の奔流が床から噴出し、矢継ぎ早に複数のウインドウを浮かびあがらせる。
そして、響の眼前でホログラムのように大写しになったのは、灰色の白濁した結晶体[クリスタル]だった。

(これが、われわれ《ジェイド》を生みだした原初ケイ素生命体だ)
《アンコ》が解説を加える。

響は未知の生物のあまりの素っ気ない外観に驚いている様子だった。

(ただの石にしか見えないけど……)
そこで言葉を切って目を細めた響は、握りしめていた紅水晶[ローズクォーツ]に目を落とした。
顔を上げ下げしてケイ素生命体と見比べる。
自分なりの仮説をたてた彼女は、呆然とつぶやいた。
(いやちがう――これはオプト・クリスタルそのものじゃない!?)

(当たらずも遠からず、と言ったところかな。
たしかにかれらはもともと〝ただの石〟――鉱物資源にすぎなかった。
それがどうして生命体へと進化できたのか。
かれらの突然の発生については、諸説紛々ある。
ひとつたしかなのは、外宇宙にある広大な惑星帯で偶然、かれらは生まれたということだけだ)

ケイ素を主成分とするこの生命体は、微斜面と呼ばれる細かな多面からなるとんがり部分と、柱面にかこまれた6角柱の外観を有していた。
手も足も目も耳も見当たらず、それは宙に浮かぶ水晶体にしか見えない。
切断面[ファセット]には、まるで霜降り肉のような白い筋状線――へき開線や条線が走っていた。

(彼らも、《ジェイド》とおなじように光を動力源にしていた……?)
響が訊ねてくる。
たん白質的化合物たる炭素生物――動物や人間――からみれば、ケイ素生命体は生きているのかも判別がつかないだろう。

かれら自身が鉱物から生まれた生物というだけあって、その動きはひどく緩慢で、炭素生物からすれば生きているのか死んでいるのかもわからないかもしれない。

そんな外宇宙からの未知の生命体にたいして、彼女は驚きを隠せない様子だった。

(光といっても、原初ケイ素生命体はガンマ線と呼ばれる放射線を吸収していたんだ。幸い、わたしたちの惑星は、ガンマ線をふんだんに蓄えたウラニウムの宝庫だった)

水晶体[クリスタル]は、切断面[ファセット]の数が多ければ多いほど光を反射し、エネルギーを蓄積する。
ケイ素生命体の錘面に形成される細かな多面は、宇宙空間を飛び交う電磁波やガンマ線などの核爆発で得られるエネルギーを吸収することができた。

光は光子[フォトン]というエネルギー量をもつ粒子でできている。
光を恒常的に吸収することで、エネルギーに転換する技術――オプト・クリスタルをその体内に創発[エマージェンス]することに成功したのだった。

(かれらに〝こころ〟はあったの?)

(きみのいう〝こころ〟が、〝ジョウチョ〟や〝シコウ〟といった精神活動においての意味合いでの「知性」をさすのなら、ケイ素生命体には〝こころ〟があったといってもいいかもしれない。
ただ、きみたちの価値観とはかけ離れた代物ではあるがね)

( 言葉は……しゃべれたの?)

(かれらは結晶体内の発振回路を通じて、安定したパルスを送ることができた)

(オプト・リンク……?)響が問いかけてくる。

《アンコ》はうなずいて応えた。(ああ、一種の精神感応[テレパシー]だね)

(思考し、意思疎通もできた――。
だとしたら、かれらはどうやってあなたたちを生みだしたの?
だってかれらには重たい荷物をもちあげ、細かな作業ができる器用な手も見当たらない……)

(けれど、魔光を操ることができた)
《アンコ》はケイ素生命体の文明がたどった軌跡をオプト・リンクで共有した。

響の脳内に、何十億年分の一大叙事詩のイメージが一瞬にして送りこまれる。
彼女はまるで記憶がフラッシュバックするかのように、外宇宙の文明のあらましを参照したのだった。

生殖機能がないケイ素生命体は、鉱物資源から自分たちの似姿を生成した。
不純物が多く、白濁した原初ケイ素生命体から代を経るごとに、高温・高圧下で不純物をとりのぞいた純粋な水晶としての新世代が誕生し、同時にオプト・クリスタルの生成技術も向上していった。

こうしてかれらは急速に文明を発展させていったのだ。

かれらの政治機構は、人間からすれば、予測不可能で、きわめて複雑なものであった。
個体が全体の意志決定に重要な役割をもたないという意味では全体主義的だが、 樹木[ツリー]状組織をもたないケイ素生命体の政治機構には指導者が存在しない。
よって超並列主義[コネクシズム]とも呼ぶべき政治体制を敷いていた。

非中心化システムによって何千、何万、何億体の個体同士がいつでも交換可能な分散型ネットワークであった。
こうした制御不能[アウト・オブ・コントロール]の合議によって幾重にも交差した母体[マトリクス]が、ケイ素生命体の全体意志を創発[エマージェンス]する。

個体異常[エラー]や局所的な機能不全[コンフリクト]は、厖大な全体意志に包み込まれてしまう。
この混沌とした複雑系のゆらぎによって、数千億年に及ぶ宇宙激変の歴史と大変動、生存競争において生き延びてこられたのだ。

(物質に浸透しようとする性質は、宇宙の黄金律だ。
たとえいかなる障害をもってしても、宇宙への進出を永久に押さえこむことはできない。
ケイ素生命体とて例外ではなかった)

光のアラベスクが、また新しいウインドウを現出させ、そこにケイ素生命体が発生した鉱物惑星の所属する銀河系が映しだされる。
かれらの勢力図は車輪の輻[や]のように放射状に銀河系を満たし、さらにほかの銀河へとみちていった。

(たとえ万能技術のように思える魔光とはいえ、宇宙進出には、エネルギー転換技術の革新[イノベーション]が必要不可欠だった。
そこでかれらが目をつけたのが、超新星爆発[スーパー・ノヴァ]だったんだ……)

今度は恒星の内部構造がウインドウに図示される。
たまねぎ構造の恒星図には、核融合反応で生成されるさまざまな元素や資源の記号が記されていた。

(大質量の恒星が、一生を終えるときに起こす超新星爆発[スーパー・ノヴァ]は、恒星の最大光度はもちろん、さまざまな元素や資源の宝庫となっている。

われわれの宇宙には、約109個の銀河があり、ひとつひとつの銀河には約1011個の恒星がある。
きみたちがよく知る恒星である太陽をしのぐ質量の恒星は、宇宙全体の0.3%だから、宇宙の創生期から、1秒に1回はどこかでスーパー・ノヴァが起こっていることになる。

宇宙のそこかしこで起きているこの大量エネルギーの放出現象を手放しておく法はない。
かれらは、この厖大[ぼうだい]なエネルギーを調達するために、恒星間宇宙船《ダイソン》を作りだした)

つづいて 大文字山で響が破壊した《ダイソン》がホログラムで表示[ディスプレイ]された。
蜂の巣[ハニカム]模様で構成された楕円形の外観。
翡翠[ひすい]色の光を放つハニカム孔には、エネルギー調達のための無人兵器が積載されていた。

《ジェイド》――ケイ素生命体が生みだした自己制御[セルフ・ガバナンス]型の群[スウォーム]兵器だ。

響の前に、あらためて深緑の無人兵器がホログラムで表示[ディスプレイ]される。

全長約7mm、透明度の高い球形表面は翡翠[ひすい]色に輝き、短くて節をもつ細かな脚がびっしり側面に並ぶ。
この脚の先端をいくつかの《ジェイド》が互いに付着させて結合すると、全体としてひとつの自己組織系をなし、結合する個体の数が多ければ多いほど、それは強力な魔光を発揮する。

《ジェイド》が一定の数以上に結集すると、まるで個体間が目的を共有しているかのような群行動を創発[エマージェンス]する。適応すべき環境・状況に応じて、性質や形状、内部構造などをあらたに作り変えることができた。

《ジェイド》と結合して地下鉄のトンネルで肥大化したモグラや、イルカが発する超音波を衝撃波にまで能力増強することができたのも、すべて《ジェイド》のこの性質による。

(肥沃な土壌に種子をまくようにして、数千万、数千億――否、数値化できない大量の群兵器が宇宙へとみなぎった。

それぞれの個体には、ごく限られた能力[スイート]しかプログラムされていない。
個体の損失は、全体の多様性のなかで相殺されるからね。

この使い捨てのエージェント軍団を送っておけば、あとは放置したままでいい。
一部が死んでしまっても生き残ったものがエネルギーを調達しつづける……)

そこで言葉を切った《アンコ》は、響に問いかけるように目を向けた。
(ところで、響。
何十億光年におよぶ宇宙航海において、遭遇する可能性のあるありとらゆる状況下で必要とされる能力とは、いったいなんだろうか?)

それが《ジェイド》の有用性であり、響自身を苛み、苦しめている能力であることに気づいた彼女は、唇を引き締めてから応えた。

(適応力……?)
(ご明察だ。同化し、順応する能力……ただ、寄生生物とは一線を劃す能力が《ジェイド》には2点、備わっている
生物だけでなく、無生物――鉱物資源や機械とも結合することができるということがひとつ。
もうひとつは魔光によって、宿主[ホスト]の能力を強化することだ)

ホログラムの映像では、《ジェイド》がゲジゲジ虫のような細かな脚を宇宙に存在するさまざまな生物、鉱物資源、機械と結合する様子が映しだされた。
ハンダゴテで溶解した鉛がとりつくように、《ジェイド》の節脚は対象物に結合する。

群兵器の全体に広がる深緑の地の内部に走る、複雑に入り組んだ白い筋は、《ジェイド》を電子基板のように見せた。

なるほどよくみれば、回路のなかには半導体素子[ソリッドステートドライブ]のように稠密[ちゅうみつ]に組みこまれた黒い斑点がいくつか認められるはずだ。

光源モジュールから受光ユニットに出力された光エネルギーを魔光へと転移させる要――利得媒質[オプト・クリスタル]だ。

オプト・クリスタルは、それ自体が一種の万能蓄エネルギー転換装置の役割を果たしていて、この翡翠石全体の運動をつかさどっていた。
光を吸収する《ジェイド》の中心部、オプト・クリスタルは魔光へ転換するとかなりの高温に熱する。この熱がある程度蓄積されると、母艦である《ダイソン》と相互接続[コミュニケーション]して、《ジェイド》は帰還する。
かれらにはごく単純な本能しか与えられていないのだ。

すなわち、「光が吸収(ホット)できたら、帰還せよ」。

(母艦である《ダイソン》のプログラムに変調を来したことで、相互接続[コミュニケーション]を断絶した《ジェイド》は、本能[プログラム]の赴くままに見境なく光を吸収しようとする……エントロピーの増大則も気にせずにね)

(《ジェイド》には知性がない。あるようにふるまっているだけ……でも、《ナマズ》くんはこうしてわたしと話すことができる)

(わたしは幸運にも、地球上における相互接続手段を確立できたからにほかならない)《アンコ》が応える。

(自我が、知性が芽生えたってこと……?)

(わたしの振る舞いもまた、そう見えるだけだろう)
《アンコ》は残念そうにリンクした。
(設計士[プログラマー]としてのスイートを持つわたしは、ただ《ダイソン》の修復と《ジェイド》の収容という本能[プログラム]に従っているだけかもしれないからだ)

事実、《アンコ》はこの話し合いが「響に魔光少女をつづけてもらうための交渉」であることを自覚していた。
《ジェイド》の尽滅に挫けそうになった彼女に、任務継続の同意を得るためという利己的な目的を自覚してもいる。

そのために《アンコ》はただ、言い方に気を配っているだけだ。

この対応を〝知性〟の創発[エマージェンス]とよべるのかどうかという問題については、自分自身、少しも明らかにすることはできないでいる。

(いずれにせよ、宇宙にばらまいた《ジェイド》は、ケイ素生命体の文明に、測り知れないエネルギー革命をもたらした。
かれらは光を魔光にエネルギー転換するオプト・クリスタルと、スーパー・ノヴァから調達した莫大なエネルギーによって、さらなる宇宙拡充する術を手に入れた)

響がじっと《アンコ》を見つめ、先を促す。

《アンコ》は一呼吸おいてから、ケイ素生命体の文明を滅ぼすことになった事件のあらましを語りはじめた。

(かれらは精神――自分たちの意志を魔光に変換したのだ。

もともと鉱物であったケイ素生命体にとって、肉体は邪魔な物でしかなかった。
鉱物であるがゆえに緩慢な動きしかできず、自由自在に魔光を操り、相互接続[コミュニケーション]できる能力とは裏腹に、自分たちはいつも不自由な鉱物の体によって縛りつづけられてきた。

それが、オプト・クリスタルの魔光によって不要な体を捨てることができる……。

光となったケイ素生命体は、光の速さで宇宙へ限りなく拡充していく……そのはずだった)

(その野望を阻んだのが、オプト・クリスタルだった……?)

(原因はいまだにわからない――なにしろわれわれはそのときすでに、《ダイソン》に積載され、恒星間を旅していたからね?)

(じゃあ、ケイ素生命体は……)

(われわれが宇宙航海中に滅んでしまったんだ。
《ダイソン》のプログラムに変調を来したのも、その影響があったのかもしれない……)

(なにが……あったの?)

(ケイ素生命体の意志の意志をこめた魔光は、これまでにない莫大なエネルギーを生みだした——だが、オプト・クリスタルには、未知の領域が存在したのだ

(未知の領域……)響がおうむ返しに問う。

(オプト・クリスタルに意志という測定不可能のエネルギー負荷がかかると、核融合に似たエネルギーの創発[エマージェンス]が起こる場合がある。
まるで恒星がその一生を終える瞬間、その重みに耐えきれずに重力的に一挙につぶれてしまうように……)

響の反応をうかがう。
彼女は眉根をよせ、さらなる説明を求めている様子だった。
《アンコ》は恒星進化の最終段階について、響にもわかるようかみ砕いて説明する必要を感じた。

(オプト・クリスタルは、シュバルツハルト半径――ブラックホールを生みだしかねないということだ)

響がまじまじと自分の紅水晶[ローズクォーツ]を見下ろす。

これが、響たちにはあえて説明しなかったオプト・クリスタルについての真実だった。
響のオプト・クリスタルは、京都を光で満たすことができるのと同時に、魔光のエネルギーを制御できずに極大収縮[ハイコントラスト]を引き起こすと、ブラックホールを生みだし、反対に闇に取りこまれてしまうのだ。

しかし、だからこそ、京都に散らばった《ジェイド》を、一刻も早く捕捉尽滅しなければならないのだ。

《ジェイド》もまたオプト・クリスタルを持ち、無尽蔵にエネルギーを吸いつくす。

もちろん、かれらに魔光の制御[コントロール]ができるわけがない……。

そのとき、《アンコ》の提灯の先端が、陰鬱な赤い光を放ち、ふたたび《ジェイド》があらわれたことを告げた。

(《ジェイド》……?)

(話はここまでだ)
《アンコ》は話を打ち切り、 窓をあけた。夜風がひらりとカーテンをあおった。

(わたしはひとりでも、《ジェイド》を殲滅する。今後、協力してくれるかは、きみの判断に委ねよう)

響は押し黙ってしまった。

冷たく突き放すことで、響の自発を促す。
そこまで計算していたわけではない。
もはや自分一人でやるしかない。
そう覚悟した結果だった。
《アンコ》は響の部屋から出て行こうとした。

(すべての《ジェイド》を倒したら――《ナマズ》くんはどうするの?)

(たとえ地球における相互接続手段を確立したとしても、本来、わたしに備わっている《ジェイド》としての能力——オプト・クリスタルは、いついかなる局面で闇に取り込まれるかもわからないブラックボックスなんだ)

(わたしたちも……?)

(すべての《ジェイド》を殲滅したら、オプト・クリスタルは破壊する)

それが自らの死を意味していたとしても……。

最後は泣き落としか。
意図せず同情をさそう物言いをしてしまった己の交渉術とやらの限界を感じつつ、《アンコ》はリンクを切ってふたたび窓に向き直った。

「待って」不意に響が呼び止めた。

振り返ると、彼女はベッドから降り立ち、表情を曇らせたままオプト・クリスタルを握りしめていた。

響が黄色いリボンを机からとりだして、ふたつくりに結ぶ。
それから彼女は、口元に紅水晶[ローズクォーツ]を近づけて、起動パスワードを唱えた。

「オプト・クリスタル・プリズムアップ!」

紅い光が矢継ぎ早に花ひらいていく。
《アンコ》はぎらつく光に一瞬、目を細めた。

まばゆいばかりの光の靄が晴れると、そこには、魔光少女に変身した響の姿があった。

「いくよ、《ナマズ》くん!」
響はそう言ってフォトナイザーにまたがった。
「ただじっとこの町が暗闇に包まれるのを待っているなんて耐えられない!」

活発な響らしい理由だった。
《アンコ》は分厚い唇の端で微笑み、ただちに(反応近い、距離300……!)とリンクを飛ばした。

防眩バイザーを降ろし、腰をかがめた響は、《アンコ》の示す《ジェイド》反応めがけてまたたく間に飛び立っていった。