【終章】

 2038年3月。
『D計画』終了から半年以上が経過していた。

 依然、安全宣言は出されていなかった。
 この半年、天体観測所は《セクメト》の軌道計算に追われた。
 太陽の陰に隠れ、地球からの観測ができなくなったからだった。

 軌道はそれた──。

 そのはずだが。

『D計画』の可否が確定するのは、《セクメト》がふたたび姿をあらわすこの日になってからだった。

 運用管制室で待機していた國場は、どこか遠くを見つめるような眼差しで観測モニタを眺めていた。

「結果が出たぞ」

 加瀬が國場の肩を叩いた。
 観測所各局のデータは国際天文学連合のマイナー・プラネット・センターが取りまとめることになっていた。
 結果はプロジェクトサイエンティストの加瀬に送られてくる。

 タブレット端末に表示された観測結果を、加瀬は國場に見せる。

 軌道変更は成功したのか、あるいは……。

 その瞬間、まるで時が止まったかのような錯覚に陥るほどの静寂が國場を襲った。

 そこに記されたデータには、

 ──衝突確率25万分の1。衝突の可能性なし。

「すぐに発表してください。プロジェクトは成功です」

 ほっと安心する間もなく声を放った國場は、加瀬と握手を交わした。

 運用管制室の管制官がいっせいに立ち上がり、國場に拍手を送る。
 一人ひとりの技術者、管制官を見回して、國場は喝采に応じた。
 
 普段はクールな加瀬の目も、さすがに潤んでいる。

 米国大統領と日本の首相による安全宣言、国連採択。
 まだまだ〝戦後処理〟は山積みだ。

 國場は一瞬、ふっと力が抜けたように椅子に凭れかかった。
 額に手の甲を当て、天井を仰ぐ。

 みんなの祈りというか執念が通じたに違いない。
 安堵の溜息が喉元から洩れてくる。

 現実感の喪失した胸のなかで、ただ、すべてが終わったのだ、という思いだけが静かに、そしてゆっくりと國場の全身を満たした。