【第4章 連結体】

第27話

《LPHA》連結体がセクメトに対し、相対停止してから1週間。
 レーザー照射へ向け綿密な事前リハーサルが行われた。

《LPHA》連結体と《響22号》の連動実験である。

 予行演習はきわめて順調だった。
 増設した冷却設備も問題なく稼働し、《響二二号》は安定的に毎秒/1000発、2000兆ワットのレーザーを生み出している。
 連射運用時間も15分を超えていた。

 2036年6月15日。
 ロッキー山脈上空は晴れ。
 シャイアン・マウンテン空軍基地の《響二二号》は、いよいよレーザー照射を直前に控え、活気と緊張がない混ぜになった異様な雰囲気に包まれていた。
 そんな軍属の職員たちの空気とは隔絶されたように、制御室の端に立つ白河は気持ちはどこか別のところに飛んでいた。
 大熊の訃報が届いたのはすでに1ヶ月も前。
 なんら現実感の伴わないまま、白河は最終調整に没頭することで、心を紛らわそうとした。
 そうして、いよいよレーザー照射を直前にひかえてみれば、胸に去来するのは達成感や不安ともちがう、虚無感だった。

(センセイ、大丈夫。大丈夫ですよ)

 意識のどこかで自分を呼ぶ大熊の声を聞いていた気がする。

(俺たちが開発した自慢の《響22号》なんです)

 白河は深く瞑目した。

「ドクター・シラカワ?」

 呼びかけたのはエドワード博士だった。
 疲れて眠りこけているのかと心配しているかのような声音だった。

「そろそろ照射を開始します」

「ああ……やっとくれ」

 そうこたえた白河の返答に、エドワード博士は意味深にうなずいた。

 クマさん、見せてやろうじゃないか。
 内心に言い放った白河がかっと目を見開くのと、『D作戦』開始のタイムアラートが鳴り響いたのは同時だった。

「稼働開始!」

 白河が英語で令する。
 間もなく下達の声が重なり、施設全体に命が宿ったように、施設内に敷き詰められた《響22号》を構成する数千のコンポーネントの稼働音の唸りがどんどん大きく、高まっていく。
 長細い施設の最奥部に鎮座する真空照射熔炉へと収斂させるべく、22本のレーザーが出力されていく。

(レーザー利得媒質による励起状態、反転分布状態へ移行)

(出力、10億キロワットを突破。なおも上昇中)

(冷却循環流量を調整)

(各発振器、増幅器共に温度上昇認められず)

(出力、1000兆ワット突破!)

 順調に稼働をつづける《響22号》のモニターを眺めながら、「30秒前」とオペレーターがいうのを耳にする。

 29、28、27……。

 刻々とカウントダウンが読み上げられ、白河はかつて利得媒質の研究で煮詰まったときのことを脳裏によみがえらせていた。
 技術課題を乗り越えたとき、乾杯しようといった大熊に白河は「『D計画』成功までおあずけだ」と意地を張った。
 あのとき、酌み交わしていれば……。

 まるでこの一〇年あまりの悲喜こもごもが一気に逆流するかのように、白河の脳裏を駆け巡った。

(10、9.8、7……)

 いよいよカウントダウンも最終段階だ。

(間もなく実用臨界出力、2000兆ワット毎秒!)

(5、4、3、2……)

「照射!」

 22本の高出力レーザーが真空照射熔炉内で組み合わされ、一本の光軸へと収斂されていく。

 そして──シャイアン・マウンテンから2000兆ワットのレーザーが迸った。

     *

 照射目標が存在する宙域まで3億キロメートル。
 文字通り光の速度で驀進するレーザーをもってしても、到達までに15分の時間がかかる。
 
 (880、81、82、83……)

 ロッキー山脈からレーザーが照射されて間もなく15分が経過しようとしていた。
 世界中の天文観測所がこの世紀の宇宙作戦を観測している。

《LPHA》連結体からのカメラ映像も遅れるので、リアルタイムではない。
 そのため、制御はすべて人工知能が任されている。

(レーザー直進、進路問題なし)

(《LPHA》連結体、姿勢制御問題なし、オールクリア!)

 あとはレーザーの到達を待つだけだ。

(頼むよ、《LPHA》……)

 柊が祈るように念じた。事前のリハーサルで、地上の《響22号》からは放たれた低出力のレーザーを受光することは確認している。

 あとは、2000兆ワットのレーザーを照射目標の《セクメト》へ偏向させることができれば……。

 そのとき、飛行主任が柊の肩をぽんと叩いた。
 振り返れば、『源』とサインしてあるベースボールを握った飛行主任が、安心させるように笑みを浮かべている。

 信じよう──柊は飛行主任の目を見返して、力強く頷いた。

(95、96、97……)

 あと数秒で決着がつく。
 紆余曲折あった『D計画』。
 いよいよ最終段階だった。

(98、99……コンタクト!)

 タイムラグのある中央モニタに、管制室の一同全員が釘付けになった。

     *

 それはまさに一瞬の出来事だった。

 宇宙空間に放たれたレーザーをLPHA連結体が受光する。
 平面構造体に組み込まれたS字状のアレーアンテナ素子が各光波の位相を制御する。
 
 そうして2000兆ワットのエネルギーを観測した人工知能は、照射目標である《セクメト》に、超高速ビームを放った。

 目標誤差コンマ0.1以下の正確な弾道で照射されたレーザービームが、《セクメト》の地表面に激突した。

 音もない宇宙空間で、つぼみが花開くような閃光が起こった。