【第3章 日米共同】

第17話

 コロラド州ローキー山脈のシャイアン・マウンテン空軍基地は、花崗岩の山体中につくられた地下施設である。

 冷戦時代、米国航空宇宙防衛司令部の地下司令部が存在した場所だ。
 対テロ戦の時代に突入してからは非効率とされ、しばらく待機保管状態がつづいていたが、地下壕と司令部の改修によってふたたび稼働されるようになっていた。

 この冷戦時代の遺物とも呼ぶべき地下施設に、木曽根基地につづく第三の大出力レーザー拠点は建造されることになった。

 京都の大熊電機で製造したキーデバイスを次々にシャイアン・マウンテンに送り込み、軍属の技術者たちと試行錯誤を重ねること1年余り。
 建造がなんとか形になり、稼働実験がはじまったのは2034年、8月のことである。

「『D計画』が終了すれば、《響22号》はこの基地の発電施設として利用されるんでしょうなあ……」

 冷却用の配管が這い回る施設を眺めながら、大熊がいった。

「核攻撃にも耐えうる大深度地下施設。しかも電磁パルスをも無効化するこの施設が次世代クリーンエネルギーの原発を持つことは戦略的にも優位でしょうからね」

「そんじゃ、わたしたちはまんまと米軍に力を貸してるってわけかい」

 気に食わないね、というように白河は鼻を鳴らした。

 だが、日本だ、米国だ、というようなこだわりは実は白河にはあまりない。
 与えられた技術課題をどう克服するか。
 それを考えるだけでほかのくだらない政治などに頭を割くことはしたくもなかった。

《響20号》の出力問題を解決するべく、白河教授と大熊が至った結論は施設の大型化だった。
 縦長の施設をぶどうの蔦のように這い回る配管が密集する1点――照射用真空炉容器は球対称に配置された20本のビームレーザーを1本に結束させることで、高いレーザー強度を生み出していた。

 このレーザーを22本に増やすことで連射性能と稼働時間を引き伸ばす。

《響22号》──それがシャイアン・マウンテン空軍基地で建造が進められる、3番目の高出力レーザー拠点の名称だった。

 レーザーの本数が増えるということは、それだけ増幅器や発振器などの関連コンポーネントが増えるということである。
 そして、プラズマを生成する装置には熱がこもるため、その冷却設備も増設しなければならず……。

 まさに湯水のような研究費を使える米国の環境がなければ実現できない規模の施設だ。
 光響大でやっていた、一学術機関の予算枠では決して考えつけない。
 大規模な実験ができているのは、米軍の後ろ盾があればこそだった。

 確かに米国に利用されているのかもしれないが、その実、白河たちが米国の潤沢な予算を利用している、ともいえる。

《響22号》はすでに1秒間に1000発の連射性能を発揮してみせた。
 連続稼動についてはこれから調整が必要だったが、日本で四苦八苦した利得媒質の研究と、米国の規模の大きな開発環境。
 そのふたつが組み合わさったことで、レーザー爆縮の研究は急速に進んでいた。

「どうするんですか、センセイ? 研究成果を米国に横取りされるんじゃありませんか?」

 白河の隣で聞いてくる大熊の言い方には、どこか含みがあった。

 周囲に目を配ってから白河は、大熊の耳元で「わたしは米国だけにこの技術を使わせるつもりはないよ」とささやいた。

 えっと目を見開いた大熊が、真意を問う視線を送ってくる。
 にやりと口端を上げてみせた白河は、

「《響22号》が実現すれば、世界は原発の危険性から解放される。そんな技術をアメリカさんだけに使わせておく手はない。わたしはこの技術を世界に広めたいと考えているんだ」

 といって照射用真空炉容器を見上げた。

「世界に広めるったって……いったいどうやって? 特許をとったりしないんですかい?」

「車の作り方に特許があるかい? オープンイノベーションってやつさ」

 そういって、白河はなにかいいたそうな大熊の二の句を封じる。
 クリーンなエネルギーを生み出す技術で金儲けをしてどうなる。
 そんなものは世界に広めなくては意味がない。

 そうはいってもねえ、と困り顔の大熊はこめかみをぼりぼりとかいて口をもごもごさせている。

「でも、本当にいいんですかい? それじゃ、センセイが儲からないじゃあ、ありませんか」

「わたしはね、金儲けがしたいんじゃない」

 白河が真剣な顔でいった。

「世界を救いたいのさ」

 それこそ、本来は専門外である宇宙開発事業『D計画』にも参加した白河の、偽らざる動機だった。

「さすが、京大のセンセイだけはある」

 と大熊はおもしろがった。

 京大は変人揃い、しかもみんな儲けることが苦手というイメージがある。
 反体制、嫌儲思想のケがある印象が強いのだろう。

 白河は肩をすくめて、

「皮肉かい?」

 と大熊に問うてみる。

「いいえ、とんでもない──尊敬してるんでさあ……」

 無精ひげの顎をさすりながら大熊はこたえた。

 その横顔を眺め、白いものが大分増えた大熊に時の流れを感じながら、白河はふと思い当たることがあった。

「最近、体調が優れないようだね?」

 白河が尋ねると、大熊はごまかすように笑った。

「どうしたんです、急に?」

「ずいぶん、やつれたんじゃないのかい?」

「センセイに心配されるなんて……こりゃ、明日は雪ですな」

「誤魔化すんじゃないよ。ちゃんと食べているのかい?」

「ヤダな、センセイ。ちょっと二、三日食欲がなかっただけですよ。こっちの食事は油っこくていけねえ」

「……」

 鼻を啜りながら語る大熊は何かを隠しているようにも見えた。

「そんなことより! 寛子が今度、こっちに遊びに来るんでさあ」

 大熊の娘・寛子を米国へ招待する──ちょうど《響22号》の開発の目処もたってきたところだ。
 父親の仕事を垣間見せてやったらどうか。
 そんな話をしていたところだった。

「そうかい、そりゃよかったねえ。寛子ちゃんももう、大学生か……」

「今度、大学院へ進みます」

「あんなに小さかった寛子ちゃんが……そんなに……」

 大学院へ進み、研究室に入る。
 父の影響を受けたかもしれないな、と白河は苦笑いした。
 物理学を専攻してる彼女に、シャイアン・マウンテン空軍基地の実験施設はいい刺激になるのではないか。

 その辺を問いただそうと大熊を見やると、どうもバツの悪そうに顎をさすっている。
 研究室のころから変わらぬ大熊の癖だ。

「……あんた、なにか隠し事をしているね?」

「そんな、とんでもない……」

 両手を振って否定していたが、慌てぶりは肯定しているのと一緒だ。

「正直に話しておしまいよ」

 さすがに二十年来の付き合いである白河に隠し立てはできないと観念したのか、

「それが……ケンカしちまったんでさあ」

 と大熊は打ち明けた。

「ケンカ……?」

 白河は苦笑した。

「こっちに遊びにこないかって連絡して、ケンカしてたんじゃ世話ないね。で、どうしてまた……」

 後頭部をかきながら大熊は

「ウチを継ぐっていってるんでさあ……」

 と答える。

「継ぐって……なんだい、親孝行な娘さんじゃないかい」

 なにをケンカすることがあるのか。白河が尋ねると、

「いえ、あいつは親のことなんか構うことなく、自分の研究してえことを研究してほしいんでさ」

 あくまで真剣な顔で大熊はこたえる。
 家業を継ぐために白河の元から去っていった大熊。

 自分と同じ道は歩ませたくない。
 そんな思いがあったのかもしれない。

 未婚の白河にとって、娘との仲で頭を悩ます大熊に、助言してやれそうな言葉なぞ持ち合わせてはいない。

「それじゃ、仲直りのきっかけをなにか考えないといけないね?」

 と、大熊に目を向ける。
 当の大熊は苦しそうに胃のあたりを押さえてうずくまった。
 引きつった顔からは苦悶の声が洩れている。

「どうした、クマさん?」

 はっとして白河が大熊を支える。
 みるみる顔が血の気が引いていく大熊は首を振るばかりだ。

 背筋に寒気が走った。
 ただ事ではない。

「誰か! 誰か来てくれ!」

 英語で助けを呼ぶ白河の声が施設内に響き渡る。
 慌ただしく作業員たちが救護を手配しているらしい気配が伝わってきて、白河は大熊をかえりみた。

「クマさん、しっかりするんだよ」

「センセイ……」

 擦れた声でそういうと、大熊は意識を失った。

   *

 シャイアン・マウンテン空軍基地内の医務室に運ばれた大熊は、その後すぐにコロラドスプリング市内の総合病院へ送られることになった。
 精密検査が必要だということは、重体といってよかった。

 検査結果が出たのは5時間後。
 夜になってからだった。
 インド系の医師は白河に「すぐにご家族をお呼びになったほうがいい」と進言した。

「それはどういう……」

 意味はわかっている。
 だが、確認せずにはいられなかった。
 白河はためらいがちに話す医師の目をぐっと覗き込んだ。

「スキルス性の胃がんです。転移の進行が早く、余命は一ヶ月ほどでしょう……」

「一ヶ月──」

 白河は言葉を失った。