【第3章 日米共同】

第15話

「……長官から『プランB』の進捗状況を問われている」

 執務室の椅子にもたれかかるエドワード博士の表情に、いつもの温和な笑みはなかった。
 冷めた目で彼の目を見据えたエフゲニア・リプニツカは、よくも態度を使い分けられるものだと半ば感心する思いだった。

「聞いているのかね?」

 エフゲニアの無表情に、エドワード博士のなじる声が重なる。

「我々に残された時間は残りわずかだ。なんとしても、『D計画』の路線変更を迫らねばならない」

『プランB』――米国側が考えていた巨大宇宙機を小惑星にぶつけて軌道を変更する計画だった。
 レーザーを《セクメト》に照射するより、宇宙機を物理的にぶつけてしまえば確実に軌道は変更できる。
 
 しかし、巨大な宇宙機といっても推力の問題があった。

 そこで、地球から大出力のレーザーを照射することで宇宙機の推力に変え、地球近傍小惑星を目指す。
 米国が世界初の技術を実証するまたとない機会だ。
 
 いま、日米は協調関係にはあるものの、世界初の宇宙開発技術を競い合うライバルでもある。

 日本の予算規模は米国の10分の1にも満たない。

 本来は宇宙開発〝弱小国〟であるはずの日本は、世界の度肝を抜くような無謀なアイディアを現実のものとしようとしている。

 米国には焦りがあった。
 本来の米国側のシナリオではこうだった――日米共同プロジェクトの途上、日本は開発課題の壁にぶつかり、路線変更して米国発案の『プランB』に切り替える。
 
 そして、日本から技術供与された《響20号》の高出力レーザー施設を手に入れることができる……。

 だが、日本の研究者たちは次々に技術課題を解決し、『D計画』を推し進めている。

「ご安心ください」

 エフゲニア・リプニツカがエドワード博士にいった。

「第三弾ロケット打ち上げは日本が分担することになっていますが、彼らは期日までに国内の調整をまとめあげることはできないでしょう」

「そうかね?」

 彼女の希望的観測に疑念を差し込むように、エドワード博士は問う目を寄越した。

「日本国内では宇宙開発に関して国内世論の批判が高まっていると聞いています。さらに、打ち上げに失敗したロケットの回収もいまだできていないとか」

「なるほど……」

 エドワード博士が頷きながら話の続きを促す。

「三段目が打ち上げられないのであれば、『プランB』へ移行する以外に方法はありません」

 エフゲニア・リプニツカは表情をいっさい崩すことなく言い切った。
 エドワード博士は「交渉期限を早めよう」とひどく陰気な面差しを見せていった。

「なんとしてでも、『D計画』の遂行を阻止せねばならない」

「米国はいつから真正面から〝技術〟で勝負できなくなったのでしょうか?」

 抗議の声を上げたエフゲニア・リプニツカに、エドワード博士はみるみる不機嫌になっていった。

「……どういう意味かね?」

「言葉通りです。『プランB』を推進するなら、レーザーによる軌道変更計画と技術面で競うべきです。でなければ、我が国の宇宙開発技術は──」

「米国はいつも正しい」

 言葉を遮ったエドワード博士は、それ以上の反論を封じるように声を張った。

「ちがうかね?」

 話はそこで打ち止めだった。

 妨害工作で勝ち取った偽りの栄光を、歴史ある米国の宇宙開発の歴史に残すべきではない。
 それは先人たちのここまでの努力を踏みにじることになるのではないか?
 かすかな疑念がずっとエフゲニア・リプニツカの胸底でくすぶっていた。