艦隊中央部は地獄のようだった。発電設備と動力部を鋼鉄の槍で貫かれた《エスピランサ》艦内の延焼は止めどなく、誘爆がさらにそれに追い打ちをかけていた。もはや制御不能の艦では減圧も隔壁閉鎖もままならず、火災による有毒ガスの発生も食い止めることができない。亀裂が発生した艦内には風が吹き荒れていた。爆発によって高熱を発する破片が要員の顔や肌に貼りつき、またガラス片なども容赦なく突き刺さった。行動不能になった要員は生きながら爆発の炎に焼かれ、女の子のような断末魔の悲鳴が艦内のそこかしこで低くこだましていた。

「総員待避!」

悲痛なまでのオペレーターの声がスピーカーから流れる中、ヒロは防護服をまとって《響XⅢ号システム》の潜水球(バチスフィア)に閉じ込められていた。先の衝撃で内壁に額をぶつけたナナは血を流している。また彼女は感応したっきりで、現実に引き戻すことは困難だった。どんなに肩をゆすっても、ナナはヒロの声にはまったく反応しない。

「ナナ!」

そうこうするうちに、さらに連続的な爆破が起こって、いままでにない衝撃に見舞われる。緊急警報と警戒音とがヒステリーを起こしたかのように鳴り響き、そこへ要員たちの必死の声が飛び交っていく。動力配管や電気配線からは火花と煙が起こり、火災は周囲一帯を黒煙で満たしていく。こうなれば、脱出するしかない。脱出するためにはいったん、『オプト・クリスタル』とナナの感応を強制的に切り離さねばならない。そんなことをして、支障はないのか? 考えるより先に手を動かし、ヒロは潜水球(バチスフィア)内の計器の分解を試みる。

「ナナ、戻ってきてくれ!」

配線を引っこ抜き、レバーを操作したが、《響ⅩⅢ号システム》はまったく制御を受け付けない状態だった。

「ナナ……」

ヒロの叫び声を寸断するかのように、さらに大きな爆発が艦内で起こって、 潜水球(バチスフィア)が大きく揺れる。球状の潜水球(バチスフィア)は増幅集積室(チャンバー)のなかで転がり、壁際でせき止められた。同時に、ヒロたちは出入り口を塞がれた形になる。

「くそっ……!」

どんなに叩いても、鋼鉄で塞がれた扉はびくともしない。このまま艦が沈むに任せて、死ぬしかないのか……息苦しい防護服を脱いだヒロは、ナナが感応していた『オプト・クリスタル』に気づいて、はっとした。

まだ、明滅している……。

『オプト・クリスタル』の力で、なんとかならないか――もはや頼れるものはこれしかないのだと自分を奮い立たせて、ヒロはナナの手に自分の手を重ねるようにして、『オプト・クリスタル』を握った。

「応えてくれ、《響》!」

こんな自分でも、わずかに感応の可能性があるなら、艦を救えるかもしれない。そんなささやかな希望は、あっけなく潰えてしまった。

自分は、となりにいるひとりの少女すら守ることができない……。

「ごめん、ナナ……」

つぶやいて、思いっきり『オプト・クリスタル』を握りしめた刹那、ヒロの視界にまばゆいばかりの光が迫ってきた。

(本当にあなたは世界を救いたいと思う?)

突然、ヒロの脳内に聞こえてきた響の声に、ヒロは間髪を入れずに「当たり前だ!」と答える。

「世界を、ナナを助けてくれ、響!」

(その代わり、あなたがあなたでなくなっても……?)

「なんだっていい!」

ヒロは絶叫に近い口調で言った。

「俺の命なら、いくらでもくれてやる!」

(わかったわ……)

響の言葉が途切れた途端、「『オプト・クリスタル』、メンテナンスモード。フォトナイザー光学的操作盤(レーザーコンソール)展開。第13層までのレジストリ改変を開始……」とヒロはなにかの〝意志〟に操られるかのように未知の言葉を口にすると、 潜水球(バチスフィア)内の宙空に光学的操作盤(レーザーコンソール)が展開しだして、コマンド文字や幾何学模様が踊った。

〈ÇÕÇ¢ÅAÉ〉ÉXÉ^Å〉

ヒロは指揮者のように宙にうかぶ光学的操作盤(レーザーコンソール)を操りながら、『オプト・クリスタル』に指令を与えていった。

「屈折率再設定…マニュアル数値入力モード、1.000283」

〈ä‘à·Ç¢Ç≍Ç∑ÅBÉAÉNÉZÉXÇ≍Ç´Ç‹ÇπÇÒ〉

赤と黄色の警告画面と思しきものが表示される。それを無視してヒロは操作を続行する。

「処理を強制的に続行……」

〈DZÇÒÇ»ëÄçÏÇÕñ≥íÉÇ≍Ç∑ÅBñÇåıÇ™òRèoǵNjÇ∑DZÇÒÇ»ëÄçÏÇÕñ≥íÉÇ≍Ç∑ÅBñÇåıÇ™òRèoǵNjÇ∑〉

淡々と指令するヒロの瞳に、赤く明滅する警告画面の光が反射する。再度確認を求める『オプト・クリスタル』に、ヒロは最後の指令を与えた。

「続行、………………最終光学抵抗解除」

〈éÛóùǵNjǵÇΩÅBǫǧǻǡǃLJímÇÁǻǢÇÊ〉

一瞬の間をおいて、『オプト・クリスタル』が目まぐるしく七色を変化させる。それは虹色、といった生易しいものではなく、およそ人類の語彙では形状し難い光を放ち始めた。

潜水球(バチスフィア)内で、めまぐるしく景色が歪んでいく。

不思議と恐怖はなかった。もはや自分がどこにいて、なにをしようとしているのかも定かではなかったが、ヒロは両目を見開き、五感を研ぎ澄ませた。

そして、ヒロの視界が暗転した。