《エスピランサ》に収容されたヒロとナナは、格納庫へ向かうリフトに身を預けていた。地下工廠で受けた拷問の痛みに喘ぎながら、ヒロはナナに話しかけた。

「もしこの戦いが終わったらさ……」

「え?」

まるで目隠しするごとく包帯を巻いたナナの痛々しさから目をそらさずに、すっと彼女を見つめてヒロは言った。

「《エスピランサ》は……ナナはどうするの?」

本来、『アポロン』の抑止力、究極の衛星兵器として地球を監視することを期待されていた《エスピランサ》は、乗員たちの独断によって、『かの国』の核攻撃阻止のために迎撃態勢を整えている。日本を守りきったとして、乗員たちには命令違反による懲罰が待っている。

では、ナナと『オプト・クリスタル』、《エスピランサ》は? 反重力レーザー核融合炉という未知のエネルギー源を秘めたる《エスピランサ》。世界最強の軍事兵器を持つヒロたちは、世界最強のテロリストとなりえる。

それこそ『かの国』の核攻撃を阻止することができたら、《エスピランサ》というテロリストに世界中が手をこまねくだろう。

そのとき、ナナは、〝彼女〟はどうするつもりなのだろうか?

「たぶん、わたしは人間ではいられなくなる」

出会ったときと同じように、それが動かしがたい事実だと告げるかのように、ナナは言った。

「《エスピランサ》と〝彼女〟、そしてわたしは、乗員を降ろして静止軌道上に向かうことになる」

「どういうことだよ……!?」

今度はヒロが聞き返す番だった。

「戦いが終わったら、ナナは解放されるんじゃないのかよ? もう検体なんて関係ないんじゃないのかよ?」

「〝彼女〟の願いは、この地球から争いをなくすこと。そのために、わたしは〝彼女〟とともに地球を監視する衛星兵器になる」

いつの間にか、ナナとの間に大きな溝が生まれたような、突き放された言葉にヒロは戸惑いを隠せなかった。

「それじゃあ、『アポロン』の上層部の思い通りじゃないか!」

思わず感情を顕わにして、ナナにぶつけてしまう。

そんなヒロの想いを受け止めたナナは、「彼らは別に間違ってはいない」と落ち着いた調子でつづける。

「どういうことだよ?」

「地球の生態系を取り戻すためには、戦争をなくすしかない。核戦争を経てもなお、戦うことを止めない人類を正しき方向へ導かなければならないということよ」

もはや一人の少女ではなく、ナナは人類の、地球規模でものを考えている。戦いが終われば解放される。その後のささやかな生活に想いを馳せようとしていた自分の小ささがやけに恥ずかしく思えてくる。

では、自分はどうしたいのだ? 人類のため、地球のための人身御供になることを従容として受け入れる少女を目の前に、ヒロが思うのは彼女と「一緒に居たい」というささやかな願いだった。

なぜならば、ヒロにとってもはやナナはかけがえのない存在だったからだった。なににも変えがたい存在だったからだ。

そんな自分が、ナナのためにしてあげられることはなんだろう? 気まずくなったナナとの間の沈黙に耐えるようにして、ヒロは考えを先に進めていった。

半永久的に『オプト・クリスタル』と感応しつづけ、衛星兵器になることをも辞さない――そんなことが可能なのか? 『オプト・クリスタル』、〝彼女〟はたしかに宇宙生命体(コスモゾーン)として、不老不死の永命を得ている。だが、ナナは……。

「死んだらどうするんだ?」

ぽつりとつぶやくように、ヒロが言った。

「死ぬまで衛星兵器の一部になって……それでナナが死んだら、どうするんだよ?」

ヒロの問いにナナは答えなかった。

「子を産み、育てるのだよ」

不意に鷲尾の声が降ってきて、ヒロは顔をあげた。周囲を見回せば、いつの間にやらリフトが《エスピランサ》の格納庫に到着し、艦長自らヒロとナナを迎えに来てくれていたのだった。

「君たちが、次の世代を育てていかねばならないのだ。この地球を守るべき正しき人類の守護者を」

ナナの肩に手を置いて、鷲尾は語りかけた。

「君一人が背負い込んでも、問題は解決しない。われわれは決して諦めるわけではない。血反吐を吐く思いで努力しつづける。そして、次なる世代へ託すのだ。それもまた、ひとつの大きな勇気だと私は考えるがね?」

鷲尾艦長の言葉に救われた想いで、ヒロはナナを見やった。なにやら考え込んでいる彼女の唇がふたたび開いて、「わたしの子どもが『オプト・クリスタル』に感応できるとは限らない」と言葉を紡ぐ。

「その通りだ。だが、誰かの子はその才能に恵まれるかもしれない。あるいは、この少年が『オプト・クリスタル』に感応せずともエネルギーを創出する技術を発明してくれるかもしれない」

「え!?」

不意に名指しされ、顔をあげたヒロの頭を、鷲尾艦長がぐちゃぐちゃになでまわす。

「未来を信じること。次の世代に託すこと。それができるのは、意志と言葉とを次世代へ連綿と伝えていくことができる人間だけだ。わたしはそこに、一縷の希望を見出している」

まだ納得していないというナナの表情を横目に、鷲尾艦長の緩んだ顔を見て、「この人もこんな顔をするのか」と意外な思いに打たれていた刹那、警告音が艦内に響き渡った。ふたたび厳しい軍人としての表情を取り戻した艦長が通信端末に「どうした!?」と問う。

「核ミサイル第一波、発射されました!」

オペレーターの金切り声が、スピーカー越しに聞こえてきた。