戦闘指揮所の主モニターには、《響ⅩⅢ号システム》がはじき出した核攻撃によるシュミレーションが展開していた。日本という島国が消滅するほどの核攻撃が行われた場合の大変動(カタストロフィ)がどのようなものかが複数のウインドウにディスプレイされている。

核による総攻撃は、太平洋に浮かぶ島国の消滅だけにとどまらない――響のデータを使って戦闘指揮所に詰めかける要員たちに説明をしたナナは、各々の反応を待った。

「……もし、この演算結果に誤りがないとすれば、『かの国』も自滅することになる」

はじめに口を開いたのは、いまや鷲尾艦長の右腕、相談役として副長的役割をこなしている奥寺砲雷長だった。

「はたしてそんな無謀な攻撃をするだろうか……?」

〝彼女〟は応えるかのように、主モニターに衛星からの映像を映し出す。『かの国』のミサイル格納庫(サイロ)を映し出したその映像を拡大していくと、大陸弾道弾ミサイルが発射台へと運搬されているところだった。

「50000メガトンから70000メガトンの破壊力を有す大陸弾道ミサイルが、現在、トレーラーに車載化されています。大戦後、現存する核兵器の三分の一が、いま発射台に設置されようとしている計算です……」

モニターに回された映像に、偽装された地下格納庫(サイロ)の発射口が大写しになった。

「彼らは本気でやるつもりなのか……?」

要員たちがモニターに映し出された映像を前に、すこし怯んだ。

「『アポロン』参謀本部にこの旨を伝えて、指示を待つべきでは……?」

艦長に顔を振り向けた砲雷長が言った。

「それでは遅すぎます」

ナナが間髪いれずに応える。

「すでにミサイルの発射はカウントダウンが開始されつつある。参謀本部の結果などまっていたら、打つべき対抗手段もなくなってくる……」

「対抗手段……?」

砲雷長が肉厚の頬を引きつらせながら問うた。

「《エスピランサ》に……いったいなにができるというんだ? 現存する核兵器の三分の一が、飛来するんだぞ?」

「そのすべてを迎撃するんです」

「そんなことは……」

「できます」

確信を持ってナナは応える。

砲雷長はコンソールを操作し、響が示した核攻撃の範囲を拡大した。

「日本海側全域にわたる迎撃態勢を、《エスピランサ》単艦で敷くのは無理だ」

「単艦ではたしかに難しいでしょう。ですが……」

ナナと目配せしたヒロが、そこから説明を引き取って言う。

「売国奴(マゴット)は、筒状戦車兵器の整備を『かの国』より任されています。売国奴(マゴット)の兵器工廠に眠る戦車兵器をデータリンクして、日本海側に迎撃態勢を敷くんです!」

「戦車兵器を砲台にするのか……」

感心したように機関長が言う。

「戦車兵器のデータリンクには、メインフレームへのアクセスコードが必要だ。コードを入手するために売国奴(マゴット)たちが協力するとでも思うか?」

砲雷長が反論した。

「《響》なら……〝彼女〟にならできる」

ナナが発現する。

「無人兵器を操る『かの国』のメインフレームに〝彼女〟が侵入できれば、システムを掌握できる」

「その足がかりを掴むために、売国奴(マゴット)を利用するというわけか?」

と話を理解したというように鷲尾艦長が言った。自然と彼に要因たちの視線が集まった。

「艦長……」

「われわれは〝彼女〟に助けられた」

かっと瞼を開いた艦長は、そう言った。

「これは不服従だ……こんなことは許されない……」

砲雷長が絶望的な表情で言う。

そんな彼をなだめるように、鷲尾が言う。

「やろうと思えば〝彼女〟は、自動管制モードでわれわれの操艦を拒否することができる」

決して感情に流されているのではない。冷静な艦長としての判断だということを乗員たちに伝えるために、動かしがたい事実を鷲尾は突きつけてみせる。

「そんなわれわれでも、〝彼女〟は、《エスピランサ》は必要と判断してくれた……そうだな?」

ナナが頷いた。

「この作戦には、あなたたちの協力が不可欠よ……」

ふたたび反論の口を開きかけた砲雷長を封じるように、鷲尾は

「無茶は承知だ」

と機先を制した。

「諸君。聞いて欲しい……」

戦闘指揮所にいる全員に語りかけるように、鷲尾は周囲を見回した。

「『アポロン』の命令では、われわれは『かの国』が保有する沖ノ鳥島衛星軌道大輸送路(マス・ドライバー)を接収し、宇宙へ上がれとのことだった。つまり、《エスピランサ》が、我ら自身が日本の守り神の衛星兵器となって、『アポロン』の外交カードになれということだ。だが、はたしてこれで本当に日本を、世界を救えるのだろうか?」

鷲尾の問う声が、戦闘指揮所に響き渡る。

「未来という光、光という未来――未来は常に『暗き時代』ではなく、光輝に満ちていなければならない。そして、希望の光は〝彼女〟などではない。生き延びた一部のテクノクラートでもない。ではなにか? ――子供たちだ。未来を創っていく彼ら子供たちこそ、日本人の、いや、人類の希望(エスピランサ)なのではないか……! 本艦が停止したとき、奇跡を起こしたのも彼ら子供たちだった……!」

艦長がヒロとナナに視線を送り、一瞬微笑んでみせる。

「われらには子孫が必要だ。われわれが守るべきは、『アポロン』ではない。彼らなのではないか!」

絶望的な戦いになる。艦長の声はそう語っていた。成功するかしないかはわからない。否、成功させねばならない。けれど、自分たちは生き延びることさえ叶わないかもしれない。にもかかわらず、世界を救うために、お前らの命を自分に預けて欲しい――そう語っているようにも聞こえた。

「私にもなにが正しいのか、正直わかりかねる」

鷲尾艦長が乗員一人一人を見回していった。

「もしかしたら、《エスピランサ》が衛星兵器として世界の平和の監視役となり、抑止力となった方が、世界を救えるのかもしれない。『かの国』の核攻撃を阻止したところで、われわれを待ち受けるのは『アポロン』本部からの粛正のみだろう」

鷲尾艦長から目線を反らそうとする者もいる。怖いのだ。当たり前だ。どっちに進んでも、自分たちの未来がない選択を強いられているのだから。

「それでも、地球を救わねばならない」

逡巡する乗員たちに、鷲尾は説得をつづける。

「子どもたちを、日本人を、人類を救わねばならない。私はそう考える。なぜならば、我ら以外にいったい誰が、それを為せるというのか!」

そこでいったん言葉を切った鷲尾は、深呼吸をして、

「納得のいかない者は、艦を降り、『アポロン』本部に合流してくれて構わない」

と最後通牒(つうちょう)を艦長が突きつける。

だれも手を上げなかった。強制というより、それぞれが納得し、自分たちの戦いの真の意義を見出したような清々しい表情をしていた。

まるで死に場所を見つけて嬉々とている戦国侍のように……。

砲雷長が両踵を合わせて敬礼する。それに倣って、他の要員たちも艦長に敬礼する。

「諸君の勇気に感謝する」

艦長も答礼を執る。

「《エスピランサ》はこれより、売国奴(マゴット)を救う!」

艦内に割れんばかりの鬨の声が上がった。