【第1章 地球近傍小惑星】

第4話

「そんなの無理に決まってるでしょう」

 取り付く島もない。
 日本のロケット打ち上げ能力の可能範囲内で《LPHA》を小型化する──國場の説明を受けるなり、JAXA宇宙科学研究所物理研究系教授で三十代後半の研究者・|柊智彦《ひいらぎともひこ》の反応は冷ややかだった。

 JAXAには日本各地に打ち上げ施設や試験場、研究機関を持っている。
 國場たちが普段、研究開発を行っているのは神奈川県の相模原キャンパスだった。

 この研究所に戻った國場たちは、《響20号》に続く二つ目の開発ファクター──光学フェーズドアレイ装置《LPHA》の仕様を決定するため、柊の研究室を訪れていた。

「うちがやってるのは探査機の送受信通信用なんです。アニメの光学兵器とはわけがちがうんですよっ」

 長い手脚で身振りを交え、柊がまくし立てる。
 天然パーマのロン毛にアールデコ風のべっ甲眼鏡という出で立ちの柊は、研究者というより芸術家といった雰囲気だ。
 190センチはあろう高身長で猫背。
 独特の姿勢でパソコンに向かう姿は変わり者の多いJAXAでも異彩を放っている。

 そもそも通信傍受技術であったフェーズドアレイを光学的に利用したのは、宇宙において姿勢制御に費やすエネルギーを節約することができるという点からだった。

 有名な探査機《はやぶさ》も姿勢制御に問題が発生し、地球との通信が不能に陥り、一時目標消失していた。
 このような事態にならないよう、全方位光通信が可能であれば、探査機の精度が上がる。
『D計画』ではこの全方位受動可能な光学技術をレーザーに応用できないかと考えたのである。

 電卓を弾いた柊は、

「《LPHA》はピーク出力2000兆ワットものレーザーを受け止めるだけの耐久性を考慮していないっ。ここで受ける熱は一平方メートルあたり十五メガワット、畳半畳に1万5千台の電機ストーブの熱を入れたくらい厳しいんですよっ」

 鼻息荒く腕を組んで瞑目した柊に、申し訳ない、と詫びた國場は、

「そこをなんとか考えてもらえないでしょうか」

 と頭を下げる。

 柊はうーん、と唸った。
 資金も技術も、さらに人材も不足しているJAXAでは、みな掛け持ちでプロジェクトに携わっている。
 柊も他のプロジェクトでレーダー運用を任されている忙しい身だった。
 
 柊の表情にも疲労の色がありありと滲み出ている。

「二〇〇〇兆ワットのレーザーを生み出すためには巨大な設備が必要になる。同じ理屈でそれを受け止めるのにも巨大な装置が必要になるんです」

 説明するのも億劫だ、というように柊は乱暴な口調で続ける。

「そんな巨大なものを打ち上げるぐらいだったら、いっそ巨大な宇宙機を小惑星にぶつけた方が早いんじゃないんですか!」

 単刀直入な問いかけに、國場は思わず押し黙った。

 柊の指摘はもっともだ。
 レーザーというこだわりを捨て、巨大宇宙機の打ち上げにプロジェクトを単純化すれば、開発要素もシンプルになる。

 だが、それでは意味がない――反論の言葉を飲み込み、國場は唇を噛んだ。

「宇宙機をぶつけるっていう計画はNASAのほうで動いてます」

 見かねた加瀬が助け舟を出す。

「さすがですね。効率論でいえばそれがいちばん確実だっ」

 柊はボリボリと頭をかきむしった。

「いずれにせよ、《LPHA》の打ち上げには、最適化された次世代ロケットエンジン──新設計の大型ロケット──が必要不可欠というわけですね」

 確認の声を上げたのはロケットエンジン担当の|御坂創《みさかはじめ》だった。
 主要メンバーの中では最年少の33歳。
『DALB計画』3つ目の開発ファクタ、打ち上げロケットの開発を担当する。
 JAXA宇宙輸送ミッション本部のロケットエンジン技術者である御坂には、《LPHA》仕様決定のためにも打ち合わせに同席してもらっていた。

「高コストを理由に、打ち上げごとに最適化されたロケットを調整することは、2006年のM-Ⅴロケットで廃止になってしまいましたが、今回は例外です。國場さん、JAXA内でもコンセンサスが必要ですよ」

「ええ、ロケット部門の分科会を開きましょう」

 御坂の提案に國場が頷いた。

 宇宙機もロケットも同じ組織の中で密接な連携をはかって開発しなければ、安全な打ち上げを実施することはできない。
 細心の注意が必要だった。

 とはいえ、先の見えない迷いの森の中に放り込まれたような思いだった。
 高強度のレーザーを生み出す《響20号》は運用時間を伸ばさなければならない。
《LPHA》の耐久性も未知数、打ち上げ能力を伸ばすロケットエンジンの開発も急がなければ……。
 しかも打ち上げ時期の期限つきである。

 挑戦の極みだ。

「あの……もしかしてミウラ折りにすれば小型化できるんじゃないんですか?」

 御坂が軽い感じで提案した。

「人工衛星のパネル展開などでも使われている技術ですし……」

 ミウラ折りとは折り紙の技術を工学技術に応用したものだ。
 幾何学的な凸凹模様を折り込むことで、アコーディオンのように小さく畳むことができ、展開することもできるものだ。

「それもねえ、一番最初に検討しましたよ」

 柊は言下に否定した。

「けど100メートルを超えるミウラ折りなんて不可能でしょう」

 宇宙機は、一度宇宙に打ち上げたら最後、故障しても修理することはできない。
 だから探査機や衛星には冗長性をもたせ、故障が起こっても対応できるようにしている。
 
 探査機や衛星の太陽電池パドルはせいぜいが数メートルのものだ。短ければ折りたたまれた翼を広げるのはそこまで困難なことではない。

 しかし、これが100メートルの規模にもなれば、折りたたみは複雑化し、展開が一箇所でもうまくいかなければ失敗。
 冗長性どころの話ではない。
 
 またもや壁にぶち当たった。
 研究室の時計を確認した柊は、

「ま、ここで煮詰まっていても問題解決はできませんな」

 といってぽんと膝を叩いた。

「申し訳ないんですが、これから他のプロジェクトの運用会議があるんで、失礼します」

 一方的に話を打ち切った柊は、机に散乱していたノートパソコンやら書類らをひっつかむと研究所を出て行ってしまった。