無人爆撃機《フォボス》は、筒状戦車兵器《ダイモス》の主力空戦用機動兵器だ。三日月型の灰青色の機体で、翼を広げたツバメが逆向きになって空を飛んでいるようだった。腹部には誘導滑空弾を積載しており、空対地爆撃に特化したその機体は恐怖の雨を降らせる悪魔として恐れられていた。

日本海を渡って南下してきた《フォボス》は、舞鶴湾に潜入すると、元海軍工廠に対して絨毯(じゅうたん)爆撃を開始した。

《フォボス》を迎え撃つべく、《エスピランサ》とリンクした『かの国』の軍艦数隻が、砲身を回転させ、火を噴いた。砲身から伸びる火線が弾幕となって《フォボス》を次々に撃墜していく。

だが、仲間が撃墜されても意にも介せず、《フォボス》は迎撃され黒煙をあげながらきりもみになって落下していく他の攻撃機を躱しながらさらに軍艦をすり抜け、工廠へと接近していく。

アフターバーナーを点火した《フォボス》が海面すれすれを飛んで、急上昇を開始。軍艦の誘導ミサイルを回避すると、いよいよ工廠前に辿りついた。

《フォボス》はその腹部から誘導滑空弾を放出した。間もなく黒い雨が降り始める。着弾した爆弾が連鎖的に爆発し、工廠施設が火炎に飲まれていった。

弾幕をすり抜けた後続機がつぎつぎに工廠に爆弾を落としていく。高音程の爆弾落下音と、爆発の轟音とが空を割き、工廠を火炎地獄に一変させる。

《エスピランサ》にリンクした海上砲台としての他軍艦も、攻撃機の爆撃を受けて炎上。もはや舞鶴工廠は完全に戦闘能力を奪われてしまったのだった。

 

 

「海が燃えている……?」

助手席に座ったナナが突然、言葉を放った。

「え?」

売国奴のシェルターから拝借した装甲車を運転するヒロが聞き返しながら、前方の車窓を窺う。

たしかに、朝焼けにしては、舞鶴海岸の方角は明るすぎるし、それとは対照的に黒煙が空を覆っているように見える。

「希望(エスピランサ)が攻撃を受けている……急いで」

ぎゅっと『オプト・クリスタル』を握りしめながら、ナナが言った。

「〝彼女〟が言ってるのか……?」

ナナがこっくりと頷く。ナナは握りしめた紅水晶(ローズ・クオーツ)を〝彼女〟あるいは〝響〟と呼んでいた。

どうして結晶体が人語を操れるのか。あるいは直接、脳内に語りかけてくることができるのか。ヒロが問うと、ナナは『オプト・クリスタル』が宇宙生命体(コスモゾーン)のようなものだからと応えた。

「宇宙生命体(コスモゾーン)……?」

「肉体という軛(くびき)から解き放たれた永遠の生命体ということ」

「つまり……幽霊?」

自分と同年代の少女から発せられる難解な言葉を、ヒロは一生懸命脳内で咀嚼しようとする。恐る恐るヒロが言うと、

(失礼ね!)

と《響》の声が割って入った。

「ごめん……」

紅い結晶体にヒロは真剣に頭を下げる。

そんな真摯な姿勢に気をよくしたのか、〝彼女〟は(まあ、人の意志や魂や精神といったものがエネルギーを持った存在だから、残留思念や幽霊と似たようなものだけれどね)と言った。

「じゃあ、《響》さんは何歳なんですか?」

(その質問には応えたくないわね!)

なにを言っても〝彼女〟を怒らせてしまう。ヒロは唇を固く閉じてしまった。

(宇宙生命体(コスモゾーン)といっても、ずっと元気なままではいられないのよ……?)

悄気返っているヒロを気遣うように、〝彼女〟は言った。

「どういうこと?」

(この気持ちをわかれといっても、あなたたちには想像もできないでしょうけれど……簡単にいえば、ひどい倦怠感が、じわりじわりと全身を蝕んでいくのよ。まるで波が何十年、何千年もかけて海岸を浸食し、削っていくようにね)

不老不死の宇宙生命体(コスモゾーン)を生み出した日本人技術者。なるほど、彼らなら戦車兵器を、否、『かの国』をも倒せる技術を発明していてもおかしくはない。

でも、いま、ヒロたちが向かっているその技術を終結した希望の器が格納されている舞鶴湾は、炎に包まれているのだった。

「『オプト・クリスタル』のようなすごい技術を生み出したのに、君の組織はどうして戦車兵器に反撃しないんだ?君が筒状戦車兵器を一人で倒したみたいに、レーザーで敵を倒してしまえばいいじゃないか」

ナナは盲目の少女だった。だが、彼女の白杖――視覚障害者用の盲人安全杖――は、のみならず、攻撃レーザーを発する光子兵器(フォトン・ウェポン)でもあった。たったひとりで戦車兵器群をなぎ倒せるだけの、圧倒的戦術兵器を、テクノロジーを持つ背景(バックボーン)が、少女にはある。その背景(バックボーン)――地下組織『アポロン』ならば、どんな敵が攻めてこようとも返り討ちにするのではないか、とヒロは考えたのだった。

「『オプト・クリスタル』に感応できる人間は、検体(サンプル)シリーズしかいない」

「つまり……君以外に、戦車兵器と互角に戦える人間はいないということ?」

「そうなるわね」

「君以外に検体(サンプル)はいないの?」

少女は応えなかった。

「検体(サンプル)っていったいなんなんだよ!?」

ハンドルを握る手に、思わず力がこもった。光子兵器(フォトン・ウェポン)の部品の一部として、名前も与えられず、ただ7番目の検体(サンプル)と呼称されてきた彼女を慮って、ヒロは怒りを顕わにする。

「『アポロン』は人体実験でもやってたのか?」

「わたしたちは、自ら進んでこの運命を受け入れたの」

恐ろしい顔になって、ナナはヒロを見返した。その焦点の定まらない瞳がいたたまれなくなったヒロは、顔をうつむける。

「日本を……救うために?」

ヒロが問うと、ナナはこっくり頷いた。

ナナの横顔に一瞬だけ目をやったヒロは、それ以上はなにも言わなかった。

間もなく、遠くで早期警戒音の唸りが聞こえてきた。偵察ヘリや爆撃機が上空を行き交うエンジン音が行き過ぎ、さらに舞鶴の港湾施設が爆発炎上しているのが見えてきた。

「ホントだ、もう攻撃されてる……」

ヒロは車を止めた。運転席から降りて、遠くの戦場を眺める。

「時間がないわ」

助手席を降りてきたナナが、白杖を突きながらヒロの隣に立った。

「ここからは歩いて行きましょう」

「無理だよ。爆撃されてるんだぞ?」

言う間もなく、飛来した無数の爆撃機が、爆弾の雨を降らせ、地面が震動した。轟く爆音に耳を押さえ、ヒロはぎゅっと瞼を閉じた。

「ならここからはついてこなくていいわ」

白杖を小さく降って障害物を確認しながら、少女は炎上し、瓦礫の山が積み重なった港湾施設に向かってとぼとぼと歩き始めた。

「待ってよ、俺も行く」

ヒロはすぐさまナナを追いかけていった。

「どうやって近づくんだ?」

「地下通路がある」

ナナは速度を緩めずにどんどん進んでいった。

 

 

爆撃を避けつつ、港湾施設の地下水路を通っていくと、『アポロン』の大深度施設につながる秘密通路があった。まったく光が差し込まない暗闇の中を、ヒロは少女の白杖を頼りにその後をついて行った。途中、攻撃を受けている地上の衝撃波で足もとをすくわれそうになりながら、二人は進んでいった。

狭い通路を抜けると、斜めにスライドしていく荷役輸送機器(リフト)があった。制御装置のスイッチを入れて荷役輸送機器(リフト)を作動させようとすると、

「誰だ」

と誰何する声が地下空間に反響して、ヒロとナナはびくりと身体を反応させた。

懐中電灯と自動拳銃とを隙なく構えた白衣の女性が、うっすらと仮設照明の下にあらわれた。右眼に眼帯を当てた女性は「子供……か?」と意外そうな顔で言った。それから、ナナが視覚障害者であるらしいことを認めて、

「避難してきたのか?」

と問うた。

次の瞬間、胸元で握りしめた紅水晶を目にした女性は、

「『オプト・クリスタル』……!? どうして〝彼女〟を……」

と片眼を瞠目(どうもく)させる。

〝彼女〟と呼ぶ女性に警戒心を解いたのか、

「あなた……ここの研究員?」

とナナが問う。

「わたしは特務艦《エスピランサ》の検体(サンプル)No.7よ」

「検体(サンプル)……」

女性は自動拳銃を降ろして、ナナに歩み寄っていった。

「ならば、特務艦の場所を知っているな?」

「ええ……」

「わたしは雨宮加奈。ここの研究員だ。『かの国』の制圧部隊が撤退したと思ったら、急に爆撃が始まって……避難していたんだが、地下通路で迷ってしまってね」

女性はヒロの代わりに荷役輸送機器(リフト)のスイッチを入れた。起動音とともに、ゆっくりと斜めに下降していく。

「悪いが、案内してもらえないだろうか?」

「みんなは……?」

加奈は首を横に振ってため息をついた。

「なんとしてでも、特務艦だけは守らなければな」

加奈の言葉に同調するように、ナナがしっかりと頷いた。

「……もうすぐ着くわ」